佐藤竹善のクリスマスライブ『Your Christmas Night 2020』の楽しくもハートウォームな一夜を振り返る

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佐藤竹善 with The Jazz Creatures「Your Christmas Night 2020」

佐藤竹善 with The Jazz Creatures「Your Christmas Night 2020」

佐藤竹善 with The Jazz Creatures「Your Christmas Night 2020」
2020.12.21 (Mon)相模女子大学 グリーンホール

相模大野駅の改札を出ると、デパートが用意した巨大なツリーが光を放っている。駅から少し歩けばやはり人通りは少なくなるが、それでもカフェに入ると恋人たちが目を見交わしている。しかも、このアメリカ資本のカフェは自らレーベルを運営していたこともあるくらいだからBGMは気が利いていて、押し付けがましくなくクリスマス気分を忍ばせてくる。僕は一人だけれど、コーヒーで体を温め、サム・クックが《ダーリン、君は僕を夢中にさせる》と歌い始めたところで、会場に向かった。

クリスマス4日前の、クリスマスコンサートである。
江藤良人(Dr)の溌剌としたカウントから演奏が始まり、宮本貴奈(Pf)がサウンドの輪郭を定め、井上陽介(Ba)がグルーヴに表情をつけていったところに、佐藤竹善がヒョイという感じで《Walkin’》と乗っかってくる。オープニングは、このメンバーで最初に録音した曲「Winter Wonderland」だ。今や子供でも知っているポピュラーなクリスマスソングが随分とソフィスティケイトされた感じで展開していき、コーダではバックの3人が《Walkin’》と繰り返すコーラスに乗って竹善がフェイクを効かせてシャウトする。どこを歩いて行くのかと言えば、それはもちろん真冬の不思議な世界=Winter Wonderlandだ。ジャズフレイバー香る端正な演奏と情感豊かなボーカルに導かれて、僕たちもその真冬の不思議な世界に入り込んでいく。憂鬱な鳥は去り、新しい鳥がラブソングを歌うという歌詞の意味がわからなくても、それを歌う竹善の歌声に溢れている喜びの感覚が“これから楽しいことが始まるぞ”と思わせてくれる。

が、そこで竹善は、「クリスマスって、ただ楽しいだけの時間じゃないよね」というメッセージを歌に託して伝えるのだ。翳りのあるブルージーな2曲目「雪の星」は何か大事なものを喪ってしまって幸せな時間からこぼれ落ちてしまっている人の歌だが、そういう人にも光を当てるのがクリスマスソングであり、そういう人も何某かの希望を抱けるのがクリスマスなんだ、と竹善は言いたいのかもしれない。というか、そうした奥行きのある思いを短い時間で伝えてしまう歌の素晴らしさにこそ感じ入るべきなのだろう。

わずか2曲で竹善流のクリスマスコンサートの広がりを提示してみせた先はもう、音楽的にもカラフルなクリスマスソングの楽しさを満喫するばかりの構成。そして、「歌うより好きですから」と自ら語った通り、竹善がゆるりと聞かせるMCも楽しい。ツアー前のインタビューでは「今回は画面を通してご覧になっている方のことは意識しないで」と語っていたけれど、目の前にカメラがあればやはりサービス精神をかき立てられるのか、「奥尻のみなさん、見てますか!」なんてことも言ってしまう。コンサートが長くなり過ぎることを避けるために、ようやく行われ始めた有観客ライブでもMCは控えめなのがここのところのライブシーンの傾向だが、この日はコンサートをそのまま進めながらさりげなく、しかししっかりと換気を行うなど配慮が施されて、限りなくコロナ以前の、と言うことはこれまで6年続けてきた感じの竹善流クリスマスライブが披露されたというわけだ。

そのなかでも、もちろん今年だけのスペシャルな場面も用意されていた。
例えば、2011年から山下達郎のツアーにも参加しているサックス奏者、宮里陽太がゲストで登場。竹善は、山下達郎の声帯模写も交えながら「ルックスからしてフェロモン!な感じでしょ」と彼を紹介したが、もちろんルックス以上に演奏はロマンチックだった。さらには、今年11月に7年ぶりのリーダーアルバム『Wonderful World』をリリースした宮本が、そのアルバムにも収めたスタンダードナンバー「Tea For Two」をJazz Creaturesの演奏で披露。シックなボーカルを聴かせた。

そして、再び宮里も迎えて竹善と宮本のデュエットによるビル・ウィザースのカバーで本編を終えたが、個人的にはたっぷりと時間をかけて歌詞の内容を説明した上で歌ったホワイトゴスペルの名曲「Once A Year」からケニー・ロギンスのカバー「The More We Try」へと続いたパートがクライマックス。特に、聴いている人間の心の中の最も繊細な部分にそっと手を添えて温もりを伝えるような「The More We Try」のボーカルは忘れ難いもので、さらには歌と一緒に添えた手から相手の温もりを感じ取ってピアノの音色に昇華させたような宮本の演奏も印象的だった。

アンコールには、バンドのメンバー、そして宮里もサンタキャップをかぶって登場。オリジナル曲「Christmas Moon」も含め、オーソドックスなクリスマスソング3曲をこのバンドならではのアレンジで聴かせて、楽しくもハートウォームなステージは幕を閉じた。

街はそれほどクリスマス気分が盛り上がってはいないかもしれないけれど、このホールの中では最初のMCで竹善が話した通り、じっくりとクリスマス気分を味わい、それと同時に身近な人も、そして世の中のいろいろな人にも思いを馳せる時間を過ごすことになった。

だからこそ、その会場を出る時の気分はまさに竹善が最後に告げた言葉通りだった。
Merry Christmas and A Happy New Year!

取材・文=兼田達矢
 

 

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