INORAN、パンデミック下でのライヴに懸ける想いと更に加速する明日の第2弾ライヴに込めるスピリット

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Photo by:ヤマダマサヒロ@yamada_mphoto

INORANが50歳の誕生日である9月29日に、自身初となるストリーミングライヴ「INORAN-VISION-SUITE ROOM♯929」を実施した。INORANは毎年誕生日を記念したライヴを開催しており、2020年は「INORAN 50TH ANNIVERSARY BASH! -TOKYO 5 NIGHTS -」と題する特別企画を予定していたが、コロナ禍で丸1年後へと延期に。やむを得ないこととは言え、ぽっかりと空いてしまったファンの心の空白を満たすように届けられたのが、この無観客配信ライヴだった。

ライヴが行われる都内の某スタジオへ到着し、ドア付近に除菌スプレー、体温計の設置された入り口を進むと、スタッフ全員が今回のためだけに作られたTシャツと黒のマスクで、チームとしての一体感を出すべく、スタンバイしている。温もりを感じさせる落ち着いた幾つものライトがウッディな内装を照らし、今日演奏されるステージとなるであろうエリアには、ラグがランダムに敷かれている。タイトルが示すように、まさしく“部屋(ROOM)”をイメージさせる空間だ。本レポートでは、ライヴの内容を事細かに描写するというよりも、曲と曲の合間で起きた出来事や発せられた言葉など、収録現場の空気感を交える事で、このライヴに賭ける想いをお伝えしたい。

INORAN、療養から復帰しこのライヴの為だけに急遽フランスから帰国したRyo Yamagata(Dr)、アルバムTeardropからの盟友u:zo(B)、そして、同じJAZZMASTER弾きYukio Murata(G)というINORANソロ不動のメンバーが、円を描くように向かい合って立ち、久々に合わせる音を確かめ合っている。ライヴ前、INORANはまずスタッフに向けてこう語り始める。「このバンドで10年ぐらい一緒に(ツアーを)廻っているよね、、コロナ禍の中で久々にこうして音を合わせてライヴができる。ライヴの前にはいろいろな準備をそれぞれのセクションでしてもらった。本当にこんなにたくさんの人に支えられていることを、改めて実感してます。今日はみんなで素晴らしいライヴにしましょう、同じ時間を共有する皆に“ありったけの思い”が届くように」響き渡るメンバーとスタッフの大きな拍手は、このチームINORANの強い絆、そして心の結束を感じさせた。

一瞬の静寂の後、INORANがアコースティックギターをストロークし始める。物語の始まりは、前作「2019」のリード曲である名バラード「Starlight」。この空間の中、1人で切々と情感豊かに1コーラス歌い終えると、メンバーが加わり、より広大なサウンドスケープを描き出していく。それは、心に芽生えた想いやアイディアの雫がやがて人とのやり取りで形を変えて大きく膨らみ、海へと流れ着いていく情景を想起させるようなアンサンブル。INORANの音楽そのものの生成過程を象徴するような幕開けに、早くも胸が熱くならずにはいられなかった。2曲目に「Rise Again」鳴り始めると、幕開けの重厚感とは打って変わって明るく躍動的な、ライヴではお馴染みの曲が並ぶシークエンスへ。INORANはジャンプし、ステップを踏みながら全身で音を表現していく。即座に「Don’t you worry」へと突入すると、通常の有観客ライヴではオーディエンスのコーラスが響くはずの場面で、自ら歌うように大きく口を開けるINORAN。目には見えない情景を脳裏で明確にイメージしているかのようだった。続く「Beautiful Now」ではイントロから早くも昂ったテンションで、マイクを通さずシャウト。メンバーそれぞれの音がはっきりと際立ちながら、互いに絡み合い、一つの熱い塊となってグルーヴしていくのが最高に心地良い。楽しさがこれほどまでに伝わってくるのは、当人たちが嘘偽りなく、心底楽しんでいるからだろう。

額の汗を拭いながらINORANは前夜、このメンバーでセッションしている夢を見たのだと語り出し、その夢の中では、ちぐはぐだったノリをメンバーが、それぞれの個性を生かしグルーヴを立て直そうとしていた、と振り返る。「決して完璧な空間ではなかったけど、絆をすごく感じたんだよね、夢の中でもさ」と締め括り、次に届けたのは「raize」。INORANそしてメンバーもリズムに身を委ねながら、心身を解放して昂っていく。“哀しみで強くなれた”と歌い、未来を信じる不屈のマインドが全編を貫くこの曲は、2020年の今だからこそ響く、新たな訴求力を帯びていた。間髪入れずにスタートした「Awaking in myself」ではハンドクラップを交えながら一体感を求め、力強く高く、挙げた手を振り下ろしてメンバーに合図を送ると、4人の音はまるで一つの塊となりクレッシェンドの末、爆音へ。その中INORANがRyoに近付く。さらにグルーヴを求めるかのように。熱気が次第に増していく。

「ライヴの前、つくった曲の歌詞の意味を深掘りしたりするとさ……いろんなことが起こって、重なるんだよね。」具体的に明かすわけではないものの、今の内なる心情を曲に託し、「Your Light is Blinding」を届けた。ヘヴィーなグランジロックの轟音に感情が揺さぶられ、渦に飲み込まれていくような切迫感に囚われる。そんな心理状態を更に掻き混ぜるように、アウトロからラップのリリックが忍び込み、「2Lime s」がスタート。INORANは大きく脚を前後に開き、野生の獣が外敵を威嚇するかのよう。機敏なアクションを見せながら、深く音に集中していく。

「One Big Blue」へと突入し、解放的でパンキッシュな世界が炸裂。そのまま「Gonna break it」へと雪崩れ込むと、INORANはネックを這うように繰り返し手を滑らせ、カウンターリフを刻んでいく。続く「COWBOY PUNI-SHIT」と共に「2019」の一翼を担うこのロックンロール群は、4人の呼吸がガッチリと噛み合うことで強固なグリップ感を生み、ギラついた魅力を発散していた。ギターを低く構えアンプ前に立ちフィードバックさせた後、長く伸ばした音色にアーム使いで揺らぎを与え、「Rightaway」がスタート。静と動のギャップが生むスリルとダイナミズムに身体が震え、かつて体感した熱狂も蘇ってくる。INORANは飛び跳ね、オーディエンスの声が聴こえるはずのパートではマイクから身を遠ざける。そこにはたしかに“コール&レスポンス”の“あの熱”の交流を感じ取ることができた。

興奮を一瞬鎮め、語り始めたのは、ヨーロッパツアー「Seven Samurais” EUROPEAN TOUR 2012」での体験。「いろんな場所に行ったよね。たくさんのファンが待っていてくれたし、僕らがのまれるくらい凄いエナジーを浴びた場所もあった。でも、ある場所だけは違ったのをよく思い出すんだ。ヴェネツィアではなんと、お客さんが10人くらい。その100倍は入りそうな会場に。でもね、なぜだろう…思い返すとあのライヴが一番“(気持ちを)込めて全霊でPLAYしてたかも”って」と回想する。エンターテイメント業界は今、厳しい。ライヴ開催がままならず先行きも明確には見通せないコロナ禍において、そこに関わるスタッフの置かれる苦境をINORAN自身も共に感じ、慮りながらも、「そこで気持ちが腐らないようにしよう。スタッフもメンバーだよ。こんな時代にも負けない音楽を奏でるチームであるように…みんなで支えあってさ、この苦境を乗り越えて、今こそ必要とされる音楽を一緒に届けていこう」と力強いメッセージを放つと共に、自らに誓いを立てた。この言葉に続いて届けたのは、4年前のアルバム「Thank you」から「Thank you」。スタッフに新しい命が生まれた日にこの曲をツアーで奏で、子が生まれ親が初めて聴かせた曲が「Thank you」だったという。そしてなんと、ちょうど今日が4歳のバースデイであると。「今日またこの曲をできるのはすごく幸せだし、巡りにはいつも感動するんだ」とINORAN。一音一音に生き生きとしたエネルギーが宿り、4人の音が重なることで生まれたポジティヴな光は、スタジオを飛び出して遠くまで届いていくかのよう。きっと届くはずだ。そしてゆったりとしたテンポ感から急転、「I’m Here for you」へ。全速力で駆け抜けていくような圧巻の勢い。怒涛のプレイに、大きな拍手が鳴り響いた。

そして次の曲は9月30日にリリースされる最新アルバム「Libertine Dreams」からの楽曲を初披露。本アルバムはINORANが1人でアレンジ・歌唱・演奏を行った打ち込みベースの作品だが、生身のメンバーたちがバンドヴァージョンとして具現化することでどう変化するのか? 期待に胸を高鳴らせていると、ひんやりとした質感のスペイシーなシンセ音が鳴り響き、リード曲「Don’t Bring Me Down」がスタート。ギターを持たず、マイクスタンドを前に低音ヴォイスで歌い出すINORAN。直前までの笑顔は消え、暗雲を蹴散らして闊歩するような、クールで不敵な男がそこにいた。Murataが哀切を帯びたギターフレーズを掻き鳴らし、u:zoが地を這うようなベースの律動を加え、Ryoのドラムが全身に響く鼓動を与えていく。音源とも違う、また新たにアップデートされたグルーヴは、音源の段階で描かれた設計図をさらに立体化するように、すべての音に瑞々しいまた新しい命が吹き込まれていた。

ラストは、同アルバムから愁いを帯びたミディアムバラード「Purpose」。哲学的かつ文学的な歌詞と、深い霧のような倦怠感のあるサウンドが美しい。表情豊かに手を動かしながら、曲の世界に入り込んで歌唱するINORAN。揺るぎなく刻み続けられるu:zoのベースライン、解放と抑止のメリハリが効いたRyoのドラム、翳りを帯びて鈍く煌めくMurataのブルージーなギター。いつまでも続くような長い後奏で締め括り、余韻が漂いながらいつまでも伸びていく… 初の配信ライヴを終え、「こういう新しい日常へ……」と呟いて言葉を止めると、「でも、いいよね。絶対、伝わるよ」とINORANは言葉を落とした。厳密なゴールを定めて進んでいくというよりは、日々、その時々の瞬間を味わいながら光の差すほうへと歩き、行先を探していくINORANらしい言葉。そして、楽屋へ戻ったINORANはメンバーとライヴ後、久しぶりに訪れたこの時を喜ぶかのように談笑、ライヴ活動再開の喜びを分かち合っていた。

ステージから放たれる熱や想いを観客が直に受け取り、倍にして返す。それをキャッチしたメンバーが更にその倍にして戻す、というエネルギー循環がINORANのライヴには不可欠のものだったし、これからもその本質が変わることはないだろう。しかし、理想形が叶わないからと嘆いてただ待つのではなく、INORANは音楽づくりと発信を決して諦めなかった。このライヴの様子を見つめていて、INORANが自分自身のパフォーマンス以上にメンバーとの連携に心を砕き、ライヴをつくりあげる上で欠かせないスタッフたちとの絆を大切にしている、という印象を強く受けた。もちろん、その根底には、その先にいるライヴでの再会を心待ちにしているファンへの強い想いがあるからこそだ。初ストリーミングライヴの興奮が冷めやらない中、早くも第2弾のライヴが10月24日に開催されるとアナウンスされている。「今回のセットリストは静かに始まりたかったんだ。祈りのようにね。で、徐々に熱を帯びて…今を、力強く進んでいく… 次回はまったく違うセットリストだよ。さらに走り続けるためにさ、最初から躊躇わずに飛ばしていくよ!」“伝える”“繋がっている”それも強く…。場を新たに開拓していくINORAN。次回はまた初回とは違う、新たな景色と必ず出会わせてくれることだろう。

(取材・文/大前多恵)

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