【特別取材】楽天グループがアーティスト育成プログラムを開始「目指すのはレーベルではなくミュージック・パートナーシップ」(前編) 連載第79回

コラム 未来は音楽が連れてくる

楽天グループ ミュージック事業部/ミュージックIP開発課 ジェネラル・プロデューサー 服部 恒氏

楽天グループ株式会社が運営する定額制の音楽聴き放題サービスRakuten Musicがアーティストのインキュベーション・プログラムを開始した。第1回目となるオーディションでは、1,000人を超える応募者から2人がグランプリと準グランプリに決定。去る9月30日に開催されたコンベンション・ライブ「NewcomeR-Live vol.0」は一般発売から2日でチケット完売。音楽コラボアプリ「nana」および株式会社エフエム東京ほか全国38のFM局が参加する音声コンテンツプラットフォーム「AuDee(オーディー)」をパートナーにした本プログラムは、順調な滑り出しを見せている。

音楽配信事業者(DSP)がアーティストIPを手掛けるのは、中国のテンセントミュージックを除けば稀なケースだ。Rakuten Musicがあえてアーティストのインキュベーション・プログラムを事業化した背景とは何か? 音楽産業が持つ構造的な問題に対するひとつの解を提供したいという、その想いとは?担当者の服部恒氏に語ってもらった。

 

EMIで今井美樹、UMGで長渕剛のA&Rを担当して楽天へ

榎本:今回は、Rakuten Musicさんが、新人アーティストのインキュベーション・プログラムを始めたということで、お話を伺うとたいへん興味深かったので、対談を組ませていただきました。

服部:よろしくお願いします。

榎本:構想を聴くと「メジャーレーベルやDIY配信がカヴァーしきれない空白部分を補完しようとしていて、たいへん面白い試みだな」と。世界的にも意味があるんじゃないか、と感じました。服部さんはメジャーレーベル出身ですが、当時からそうした課題意識をお持ちだったんですよね? 本題の前に自己紹介からお願いします。

服部:はい。2002年に旧東芝EMIに新卒で入社しまして、EMIミュージック・ジャパン、経てユニバーサルミュージックを退社するまでの16年半、レコード会社で勤務してました。

榎本:けっこう長い、バリバリの音楽業界人ですね。

服部:転職せず3つのメジャー・レコード会社を経験することになりまして、いろいろやらせていただきました。入社後、最初はメディアのプロモーション担当だったのですが入社3年目の2005年に、当時のVirginレーベルの社長室付けとなり、そこで新人発掘や新規ビジネスを立ち上げるチャンスをいただきました。

榎本:社長室付けで新人発掘?

服部:時代が変わったので新しいスキームを生み出そうということで、デジタルの販路を開いたり、メジャー・レコード会社でインディーズ流通を試みたり、SNSが普及する前でしたがwebプロモーションの可能性を模索したり、自分で発掘したアーティストでいろいろな試行をさせていただきました。でも「ぶらぶら社員」と呼ばれて、肩身が狭かったです(笑)

榎本:当時から新人発掘をやってたのですね。

服部:はい。その後、今井美樹さんのA&Rにしていただき、20周年から25周年まで6年にも及んで担当させていただきました。他には、移籍してきた175Rなども担当しています。

榎本:今井美樹さん、ビッグネームのA&Rですね。その後、営業も経験された。

服部:2011年の震災のタイミングですね。制作から営業への異動って少なかったのでショックで「辞めようかな」と思いました(笑)。でも振り返ると、営業で多くの作品に関わらせていただくことで、視野も含めてミュージックマンとしての幅をだいぶ広げてもらいました。海外アーティストで初めてアルバムチャートでオリコン1位を取ったT-ARAプロジェクトは、先輩について学ぶことがとても大きかったです。独り立ちしてからは、THE ALFEE、ACIDMAN、Base Ball Bearなどの販促プロデューサーを担当させていただいています。

榎本:営業の方がいろいろなアーティストに関われる?

服部:はい。コンテンツを創る上流の「制作」と、それを広める「営業」。両面からレコード会社ビジネスを見ることで一気に景色が変わりました。販促担当の時代はいろいろなアーティストを担当させていただき大きな財産です。

榎本:長渕剛さんは、営業ではなくA&Rで担当?

服部:A&Rです。EMミュージック・ジャパンがユニバーサルミュージックと合併したとき、営業部署にいたのですが、営業部署の長である当時の副社長から「昔、今井美樹さんのA&Rだったそうじゃないか。長渕さんの一大プロジェクトがあるから担当してみないか」と声をかけていただき営業から制作に戻りました。2015年の富士山麓での10万人オールナイト・ライヴへ向けて、長渕さんのキャリアの集大成となるオールタイムベスト盤や、サブスク解放、ツアーのサポートなどに関わらせていただきました。

 

目指すのはレーベルではなくミュージックパートナー

榎本:それで楽天さんからお誘いがあったのは?

服部:2022年初頭です。入り口は、Rakuten Musicがweb3時代の音楽ビジネスに本格的に取り組むにあたり、音楽業界出身者として期待されてのお誘いです。当時Web3がブームで楽天の音楽部門でもNFTを手掛けていく、と。後はサブスク・ビジネスの横展開もテーマになっていて、声をかけてもらいました。「プラットフォーマーもIPを育成すべき」ということで著作権を持てるように定款を変えて、全社でコンテンツへの取り組み姿勢が積極的になったタイミングでした。

榎本:初めてお会いしたのは去年の秋でしたが、その頃からRakuten Musicでいろいろプロジェクトが走っているようでしたね。

服部:はい。IT世界のトレンドや変化は目まぐるしいので、2ヶ月ごとに新しい課題に対して仮説を立て、走りながら考える。そんな日々でした。AppleやGoogle、NetflixなどプラットフォーマーがIPを持つ時代の流れがありまして、去年の10月にRakuten MusicでIP開発を推進するためのチームが発足しました。

榎本:楽天さんは日本のプラットフォーマーですからね。「これからはIPを持たないと」というのは他社さんでも聞く話です。でもレーベルさんとの兼ね合いはどうなのでしょうか?僕も2012〜15年頃、いくつかの音楽配信に関わってましたが「著名DSP(音楽配信業者)がレーベルを持つかもしれない」という噂は当時も流れてて、でもあまりメジャーレーベル側から歓迎されてなかったのか、絶ち消えました。中国のテンセントはやっているみたいですけども。

服部:通常のオーディションだとレコード会社や事務所と目的が被ってしまうので、我々は従来の座組みではカバーしきれていないところから才能を見つけて育成するインキュベーション・プログラム「Rakuten Music 所属 第1弾 次世代メジャー・シンガー発掘オーディション」をやろう、と。このアイデアや発想はRakuten Music入社時から持っていた音楽市場の変化に対する問題意識から発していて、レコード会社時代にもやもやとしていたものが、すっきりとする一つの形でした。僕らはレーベルというよりアーティストのパーソナル・マネージメントであり、エージェント業でアーティストに最適な座組みを作るスキームを立ち上げようとしてます。

榎本:なるほど。

服部:今の時代、DIYで音楽を制作して配信できるプラットフォームはできているじゃないですか。僕らはそのなかでも自演・自走できるアーティストさんたちを「発掘」し「育成」し、「スケールを広げていくための座組みを作る」役割、そういうエージェント業務を目指しています。その一環としてアーティストに投資をして、プロモーションはしますが。

榎本:レーベルと競合するのではない、と。むしろ協業を考えている?

服部:「次世代メジャーシンガー発掘オーディション」という名前に込めたように、当初からメジャー・レーベルさんをはじめとするパートナーシップを考えています。

榎本:この図ですよね? この前、これを拝見したときにハッとしたんですよ。「今の音楽業界が世界的に抱えている構造的な問題、そこに対するひとつのアプローチになっているな」と。これは服部さんがレーベルで働いていたときの課題意識が反映されている気がします。CD時代はこの図の左(スタートアップ)はそもそも、ほぼ存在してなかった。

アーティストにとって今の時代、メジャーレーベルと契約するのはスタートアップ企業がIPOして自分の株を一部手放すかわりに、スケーリングする資金を株式市場から調達するのに似ている。

だけどビジネスの世界と違うのは、ミュージシャンの場合、ピラミッドの左の規模が小さすぎて、中央(メジャーレコード会社)と差がありすぎるのが現状ですね。確かに音楽の世界でもインキュベーターが必要かもしれない。

服部:中央のボリュームゾーンにいるアーティストはレーベル、マネジメント、マスメディアのサポートを受けられるのですが、DIYで自走するアーティストはそのサポートがない。アマチュアアーティストの活動とメジャーレコード会社を中心とするビジネスとの間では、双方が得られる利得が合致するまでの間に大きな谷間があって、その差が大きすぎるんですね。

榎本:今はDIYで自走できるといっても、自分でできるプロモーションはSNSや動画共有に載せるぐらいですものね。世界でストリーミングされている楽曲は1億6000万曲に及ぶ時代になったのですが、その影響もあってか、再生数が1万回以下の曲が98.5%という状態になっています(下図)。

服部:一方で、アマチュアであっても多様な制作・表現方法が確保できる時代にもなっている。ですから私たちはスタートアップに位置するアーティストさんたちを、レーベルが担うメジャーな世界(拡大期)へ送り出す役割をやっていきたいな、と。アーティストが羽ばたくプロセスを加速させる役割を想定しています。

榎本:パートナーシップを想定しているというのはそういうことですね。

服部:はい。ユニバーサルにいたとき、ユニバーサルGEARというレーベルでさまざまな試行をするチャンスをいただきました。当時の副社長は営業統括でしたので、営業部門の中でメジャーレーベルを展開していました。テクノロジーが進んでいくに連れて人々の嗜好性も拡散しますし、販売や宣伝のチャネルも拡散していくので、固定費がP/Lに重くのしかかる体制では一部の売れている音楽しかレコード会社がカヴァーしきれないという課題意識を持っていました。営業部門内のレーベルなので、メジャーの強みである流通チャネルに対しては優位性を維持しつつ、他はプロジェクト毎にオーダーメイドでチームを作るので、コスト面で融通が効き利益を上げやすい仕組みだったんです。

ヒットが細分化していくので、ひとつひとつの規模がどんどん小さくなりますから。レコード会社は、アーティストを日本全国や国外市場へスケーリングする組織を持っているのがたしかに強みではあるのですがその分、固定費がかかるから絶対に無理なんですよ。

榎本:それは駆け出しのアーティストさんだけでなくて、成熟期に入ったアーティストさんにも言える話ですね。

服部:そうです。当時、レコード会社はCDで換算すると3万枚とか売れないとリクープできない。片やマネージメント・アーティストさん側には300人の熱心なお客さんや、3,000枚のCDが売れれば音楽で生活できて、アーティスト活動を続けられる現実があって。

榎本:そうなると契約がアーティスト、レーベルの両方にとって重荷になってしまいますもんね。300人だったらアーティストさんは売上を全部もらいたいし、レーベルも300人では固定費をまかなえない。30周年とかでベスト盤を出したり、大きなコンサートを開くときしかお互いがWin-Winにならなくなる。以前、そう伺いました。Rakuten Musicがピラミッドの右側(最初の図 成熟期)にも関わっていきたいというのは、その部分を補完したいという意図ですね?

服部:はい。新人、ベテランに関わらず3万枚と3,000枚の間に、誰もハッピーになれないゾーンというのが存在していて。ユニバーサルGEARの時代でも、「コストを最小限にしたメジャー・レコード会社のバリューチェーンを提供する仕組みづくり」いうのは試行していて、それはメジャーから独立したアーティストさんにも新人さんにも非常に需要があることは分かっていました。

今は楽天にいますが、楽天にはそうしたソリューションを実現できるチャネルもプラットフォームも既にあったわけです。ですから、楽天のリソースを使って音楽業界に貢献する一番の道は何か、と考えたときに、このインキュベーション・プログラムという事業企画に辿り着きました。オーディション・楽曲・LIVE開催・動画配信等の実施や、そのなかでフィードバックループが気軽に回せ調整・改善するプロセスが作りやすい点と、ユーザーのデモグラをIDベースで蓄積しているので、それを踏まえたプロデュースが可能ということが、楽天グループが提供できるサポートとして大きな強みになると思います。

榎本:パッと見すると「ああRakuten Musicさんが新人のオーディションをやっててけっこう盛り上がってるみたいだな」という感じかもしれないのですが、その裏でアーティストのライフサイクルを考えた深い洞察と志があるんだな、と最初聞いたとき感じました。

 

楽天グループなら配信、パッケージ販売、メディア、リテンションまで提供できる

榎本:ずっと大好きだったアーティストさんには、長く活動してもらいたいですもんね。20周年でベスト盤と記念ツアーはメジャーレーベルが担い、それ以外の通常活動をRakuten Musicが支える形は?

服部:全然ありだと思います。あと今でもパッケージがレコード会社にとって最もインパクトがある収益なのですが、パッケージを出せないときのプロモーション効果って急にガクッと落ちるんですよ。

各DSPも人気のプレイリストに入れてピッチの中で回して、というのはありますけど、それ以上のプロモーションメニューの提供はDSPという立場では出来ないと思うんですね。1億曲のなかにすぐ埋没してしまうので、リリースやツアーが出来ないと露出が目減りしてしまう。それが大多数のグレーゾーンに対して、「現役感」を削ってしまう構造的な欠陥があると思います。

榎本:楽天はパッケージの販売チャネルも持ってますね。

服部:楽天ブックスで小規模のリリースをサポートできるのではないか、と。楽天には映像の発信メディアもあるので「Rakuten TVやRチャンネルで特集を組みましょう」とか、楽天チケットと連動したり、Rakuten NFTと連動してマーチャンダイジングを企画したり、創作やプロモーション、販促活動でもお手伝い可能です。

榎本:楽天市場も大きなメディアのようなものですよね。

服部:購入意欲の高い一億以上の楽天IDを保有していますからリーチできる層も人数も大きいですよね。大好きなアーティストであっても、自分の生活環境の変化で、子供が出来たりとか、仕事が忙しくなったりとかで、ふだんの生活から離れてしまうことってよくあると思うんです。

でも楽天なら、そのアーティストさんのパッケージや本を買った方に、もう一度ピンポイントで告知して接点を復活させることもできます。

榎本:こういうデジタル、パッケージ、メディア、プロモーションをひとまとめに提供するのは確かにグローバルなDSPは逆に不可能ですね。

僕は日本でサブスクの旗振り役をしましたけど「パッケージなんて古くさいから消えろ」なんてことは一度も書いたことはないんですよ。日本はサブスクの月額が低くなって欧米のようには救世主にならないという計算を提出していたので、サブスクは始めなきゃいけないけど、CD+サブスクが現実的だ、と。

だから、サブスクが国内で始まるとき「日本はCDが先行販売で、2週間か1ヶ月開けてサブスク解禁の方がいい」と裏で説得していたのですが、力及ばずという感じでした。実際、中国はこのウィンドウ戦略がうまくいっている。向こうはCDじゃなくてデジタルアルバムですが。

服部:そうですね。日本はパッケージがまだ一番売れている世界第2位の音楽マーケットですから、日本独自の歩み方、その受け皿がないといけないと思います。

 

サッカーで言うJ2を私たちは担いたい

榎本:世界でも、今までにないやり方が出来そうですね。世界、で思い出しましたがこの前、服部さんは「我々はサッカーでいうJ2を担いたい」と。わかりやすい表現です。

服部:はい。才能ある方々というのは売上規模に関わりなく、それぞれが素晴らしい存在だと思うんです。サッカーもJ2、J1、欧州リーグそれぞれにかけがえのない価値がある。でも欧州を目指すならまずはプロとして認めてもらいJ2、J1とステップアップしてそこで活躍しなきゃいけない。

私たちはアーティストさんを育ててJ1に送り出す。国内メジャー、グローバル・メジャーは、売れているものをさらに広げていくのが、これからもいっそう大事になっていくと思います。

榎本:レコードやCDの発明でメジャーレーベルが誕生した20世紀なら、野球でいうとデビュー即メジャーリーグで活躍というビジネスモデルでしたが。

服部:違っちゃってますもんね。昔は合格イコール成功に近かったのですが、今はなかなかそうもいかない中で、大量に育成契約して「誰か、なんとかなってきたら売り出しましょう」みたいな、言い方悪いですが飼い殺しみないなことがたくさん起きています。でも、アーティストの旬な時期、クリエィティブな感性の高い時期って非常に短いので、すごくそれはもったいない。

だから私たちは彼らのパーソナルマネージメントやエージェントとしての側面から育成、スケーリングする役割を担えれば、と。レコード会社は音楽のプロフェッショナルですので最大限の敬意を持っています。私たちの方は楽天グループの持つリソースと広いカバレッジを使って音楽産業に貢献していきたいと思っています。

 

(次回 楽天グループのアーティスト・インキュベーション・プログラムについて具体的にたずねていきます。11月1日公開予定)

著者プロフィール

榎本幹朗(えのもと・みきろう)

1974年東京生。作家・音楽産業を専門とするコンサルタント。上智大学に在学中から仕事を始め、草創期のライヴ・ストリーミング番組のディレクターとなる。ぴあに転職後、音楽配信の専門家として独立。2017年まで京都精華大学講師。寄稿先はWIRED、文藝春秋、週刊ダイヤモンド、プレジデントなど。朝日新聞、ブルームバーグに取材協力。NHK、テレビ朝日、日本テレビにゲスト出演。

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