楽しみ方、いろいろ。ライバル音楽配信と差をつけるSpotify音楽アプリ「未来は音楽が連れてくる」連載第12回 

コラム 未来は音楽が連れてくる

▲Spotify音楽アプリのなかでもイチオシのSoundrop。さまざまなテーマのハコ(room)をつくってみんなでDJするソーシャルラジオ機能を提供してくれる。Spotifyにラジオ放送のような、人のぬくもりを与えてくれるアプリだ。アーティスト公式の人気のハコがタイル上に並んでいる

 

Spotify・プラットフォーム

アメリカ上陸。Facebookとのパートナーシップ。

エックの非凡さはここで一息入れなかったことだ。他社の音楽配信を一気に引き離す施策を、矢継ぎ早にしかけてきた。

今や無敵にみえるSpotifyだが、「弱点がいくつかある」と指摘されていた。

ひとつ目はコミュニケーションだ。

Spotifyの「プレイリスト共有」は、サードパーティのsharemyplaylist.comで盛り上がりを見せ、「ソーシャル・プレイリスト」の世界を確立したが、例えばLast.fmや往年のMySpaceのように、会話と人間関係を伴うコミュニケーションを実現できていなかった。

Spotifyは、Facebookとの協業という大技で、ここを解決した。

Facebookの新しいタイムラインを使ったソーシャルミュージックは、Spotifyだけでない。たとえばRdio(アールディオ)がそうだ。

Rdioは、インターネット電話の世界標準となったSkype(スカイプ)の創業者がつくったソーシャルラジオだ。エックと同じようにピアツーピア・ソフトを開発後、P2P技術を活用してSkypeを創業し、イーベイに売却した。これを資金に2010年にRdioという、ツイッターとSpotifyのオンデマンド型ラジオを組み合わせたような、友だち同士て好きな曲を紹介し合うソーシャルラジオを始めた

このRdioもFacebookのタイムラインに参加した。が、Spotifyのようにユーザー数は増えなかった。Spotifyのソーシャル・アプリの1日間あたりの利用者は、133万人から240万人に増えた一方、Rdioは4千人から8千人に増えた後、すぐに元の数字に戻ってしまっている。

タイムラインは、すべてのソーシャルミュージックを促進したわけではなかった。SpotifyやMOGのように、コミュニケーション機能”以外”は秀逸だったソーシャルミュージックを躍進させたが、もともとコミュニケーション機能が強みのサイトは、Facebookが宣伝した通りに利用者数が増えることはなかったのである。

第2章でも書いたが、音楽SNSが強みだったLast.fmは、協業のメリット無しと考えたのか、Facebookの新構想には参加していない。

Spotifyのもうひとつの弱点は、レコメンデーション機能だった。

もともとSpotifyは「レコメンデーション機能が弱い」と批評されてきた。Spotifyには音楽が何でも揃っている。だが、たとえば、iTunesやYouTubeの検索欄に、自分の好きなアーティスト名を入力して検索結果を表示しても、新たな感動が生まれないように、Spotifyの160万曲を超える膨大なレパートリー(2012年6月の数字)の中から、どうやって未知の感動を見つければいいのか。

プレイリスト共有は、たとえば同じ趣味の人がつくったミックステープを聴いてもまず知らないアーティストが出てこない、というのと同じ欠点があった。

Spotifyは、この問題を考えてラジオ機能を用意してはいた。

が、これがLast.fmやPandora Radioと比較すると選曲力が凡庸だった。ジャンル別に再生回数が多い曲をつなげる、多チャンネルラジオに過ぎず、パーソナル放送が席巻する時代に通用する設計思想ではなかった。

「考えているビジネスモデルに、Spotifyをプラットフォームにしてしまうというのがあります」

とエックは、paidContent(ペイドコンテント)の取材に答えたことがある。paidContentは、ソーシャルミュージックやソーシャルテレビの取材が世界で最も充実しているメディアだ。

エックはこれを実行した。他のプラットフォームを利用するのではなく、じぶんがプラットフォームになることで、エックはレコメンデーション機能の弱さを解決したのである。

ここでおもだった「Spotifyアプリ」を紹介しておこう。

Rolling Stone(ローリングストーン)
Rolling Stone(ローリングストーン)

音楽誌の頂点、ローリングストーン誌の当月号のオススメアルバムや、評論された楽曲のプレイリストが作成される。プレイリストを再生すれば、堅牢な選曲眼でもって選ばれた「ローリングストーン誌のラジオ番組」を楽しむことが出来る。紹介された曲に添えられたリンク先へ行けば、ローリングストーン誌の紹介文を読みながら、音楽を聴くことができる。

ローリングストーン誌には、「歴史を創った500のアルバム」、「歴史を創ったギタリスト100人」といった音楽のルーツを遡っていく企画があるが、これをすべてCDで買うのはたいへんだ。だが、Spotifyアプリでプレイリストにして提供してくれれば、すぐに勉強を始めることができる。既存の音楽放送だけでなくPandora RadioやVEVOも弱い、「音楽のルーツを遡る」という機能をローリングストーン誌のSpotifyは提供しうる。

触れば一発で分かるが、電子書籍時代の音楽誌の作り方が、ここに完成したといってよい。

Pitchfork(ピッチフォーク)
Pitchfork(ピッチフォーク)

ピッチフォークは、カレッジ・ラジオが盛んなシカゴに本拠を置く音楽ウェブジンだ。インディーながらハイセンスなバンドや、クラブミュージックをピックアップしてくる。大学生を中心とした音楽好きに絶大な人気があり、ピッチフォークが取り上げた新人は大きく売上を伸ばすという。マニュアルな音楽レコメンデーションの最高峰と言える。

音楽ファンの間では、ピッチフォークでブログを読んで、文章的にピンと来たアルバムをYouTubeやSpotifyでチェックする、という流れが出来ていた。ピッチフォークがSpotify用のアプリを提供することで、この流れがスムースになった。

ローリングストーン誌のアプリと同じく、まずSpotifyのサイドバーにあるピッチフォークのアイコンをクリック。するとピッチフォークの紹介するアルバムが雑誌のカヴァーのように並ぶ。これをクリックするとすぐにアルバムが再生され、音楽を聴きながらピッチフォークの紹介記事を読むことが出来る。

このピッチフォーク・アプリの登場でSpotifyの最大の欠点と呼ばれていた「新人の発掘能力」が格段に向上した。

We’re hunted(ウィアーハンテッド)
Were hunted(ウィアーハンテッド)

ウィアーハンテッドは、ピッチフォークと並んで影響力のある、音楽のアグリゲーション(発掘)・サイトだ。ピッチフォークが都会的でクラブ寄りであるのに対し、ウィアーハンテッドは活きのいいバンドを拾うのがうまい。例えばArcade Fire(アーケードファイア)は、ウィアーハンテッドに発掘されたバンドだ。

ウィアーハンテッドがSpotify上で使えるようになったおかげで、Spotifyの発掘力は新人バンドの分野でも、Last.fmに匹敵するようになった。ピッチフォークやウィアーハンテッドのような新人発掘のメディアが根付くことが音楽文化の新陳代謝を活性化させる。Spotify云々に関わらず、今の日本に必要なことではないだろうか。

Sharemyplaylists (シェアマイプレイリスト)
Sharemyplaylists (シェアマイプレイリスト)

Spotifyが登場したとき、みんなが感じた「こんなにたくさん曲があるけども、どうやって楽しめばいいかわからない」という戸惑いを「みんなでプレイリストを共有すればいいんじゃない?」という形で、まず最初に解決したのがsharemyplaylists.comだった。ユーザーはSpotifyで、iTunesのようなプレイリストをいくつも創れるのだが、これをsharemyplaylists.comにアップロードして、みんなと共有する、という仕組みだ。

これまでは、いったんウェブブラウザを立ち上げてプレイリストをやりとりしなければならなかったが、Spotify上で使えるようになったことで、ドラッグでアップロード、クリックでプレイ出来るようになった。

「ミックステープの交換コ」の現代版、という非常にシンプルなコンセプトが深みを出している。が、「もうひとひねりでいいアプリになるのにな」という箇所もある。Sharemyplaylistsに筆者がぜひやって欲しいアップデートは二点だ。

ひとつめは、おすすめプレイリストを自動的にレコメンドしてほしい。自分のプレイリストをアップロードすればこちらの好みをある程度は把握できるはずだ。これを使って、自分に似た趣味で、かつ自分の知らなそうな曲が入った、他の人が創ったプレイリストを紹介して欲しい。

ふたつめは、おすすめのフォロワー候補を出して欲しい。フェイスブックの友だち候補の音楽版である。これも、自分のプレイリストをいくつかアップすれば、音楽趣味の似たフォロワー候補を出せるはずだからだ。ほかにもいろいろあるが、この二点を実現すれば、SpotifyとFacebookの組み合わせで達成できなかった「インタレストグラフ(※)の構築」ができるようになる。

(※音楽趣味を起点として、日常生活になかった新たな人間関係ができあがっていくこと)

Last.fm(ラスト・エフエム)
Last.fm(ラスト・エフエム)

Facebookにはアプリを提供しなかったLast.fmだが、Spotifyにはアプリを提供した。Last.fmがかつてのラジオなら、SpotifyはCDレンタル店にあたる。そういう相互補完の関係を、もともと持っているからである。ただ、後述のSpotify Radioの精度が上がってきたため、現在はSpotifyとLast.fmは競合する部分が出てきた。

SpotifyのサイドバーにあるLast.fmのアイコンをクリックすると、Spotifyでの聴取履歴をLast.fmのレコメンデーションエンジンで解析して、おすすめのプレイリストを作成してくれる。そこからLast.fmに行って、Last.fmのアーティストラジオを始めることも可能だ。ただし、現在のところSpotify上で、Last.fmの音楽SNSを活用することはできない。

FacebookとSpotifyを使ったコミュニケーションはソーシャルグラフ(現実の人間関係)が基本になっているので、Last.fmの音楽SNSのようにインタレストグラフ(趣味から広がる新たな人間関係)を描き切れていない部分もある。今後Last.fmがSpotifyアプリで音楽SNSをうまく提供できることを期待したい。

Soundrop (サウンドロップ)
Soundrop (サウンドロップ)

筆者イチオシのSpotifyアプリである。ひとのつくる温かみを感じることのできるSoundropは、FMラジオのような感じでSpotifyを使いたいときにぴったりだ。みんなでDJして、みんなでつくるラジオ、すなわちソーシャルラジオをSoundropは実現している。

SOUNDROPのアイコンをクリックすると、ずらりと盛り上がっているハコ(room)が並ぶ。Maroon5、レッチリ、Sigur Rosといったアーティスト名がついたハコに入れば、そこにファンが集まっており、ファンが順番に、みんなで聞きたいお気に入り曲を入力して、みんなで楽しむ、という仕組みだ。ファンのアイコンは、turntableのようなアヴァターではなく、フェイスブックで使っている顔写真が使われている。Spotifyアプリ上で、曲をダシにチャットすることも可能だ。

turntable.fmと同じく、ハコは自由にコンセプトを決めて立ち上げることができる。アンビエント、とジャンル名をつけたハコもあるし、Kitsune´(フランスのエレクトロ・レーベル)など、マニアックなファンのいるレーベル名を冠したハコも人気だ。

Sharemyplaylistsと違って、誰かがリアルタイム(同期)に選曲していることを重視したSoundropは、第三章で詳説したソーシャルミュージックゲーム、turntable.fmの一部機能をSpotify上で実現し
たアプリ、といえる。

お気に入りのハコをフォローしたり、おすすめラジオのようにTwitterやFacebookでシェアすることも出来る。この箇所は、Pandora Radioが得意なソーシャルラジオ機能からインスパイアされたものだろう。SoundropにFacebookの顔写真が立ち並び、チャットしている様を見ていると、いずれSoundropを起点として、Last.fmのように友だちづくりができるインタレストグラフ機能を入れてくる気がする。

Soundropは、2012年の1月に始まったばかりのSpotify専用サービスだが、さっそくファンドから300万ドル(約2億4千億円。79.5ドル/円 2012.6.11)の投資を得た。出資したのは草創期のSpotifyにも出資したノースゾーンだ。

「(多くの人を企業の元に連れてくる)ツイッターが何千億円の経済価値を生むことができる、というのが真実なら、同じくたくさんのリスナーをアーティストのところに連れてくる僕らのSoundropは、確実にレーベルやアーティストへ経済価値をもたらすことができます」

ノルウェイでSoundropを創業したInge Sandvik(インゲ・サンドヴィク)は、Techcrunchのインタビューにこう答えている。実際、ユニヴァーサルミュージックが、スウェーデン人のハウスDJ、Sebastian Ingrosso & Alesso(セバスチャン・イングロッソ・アンド・アレッソ)の公式ルームをSoundropに設けたところ、累計2,800万のユーザーアクセスを得ることができたという。

現在、SoundropにはCarrie Underwood, Kelly Clarkson, The Fray, The Smiths, Iron Maiden, Carl Cox, Sigur Rosといったアーティストの公式ルームが出そろっている。

Moodagent (ムード・エージェント)
Moodagent (ムード・エージェント)

残念なアプリもひとつ、紹介しておく。ムード・エージェントは、そのときの「気分」を選んで、気分に合ったプレイリストを自動作成してくれる、というSpotifyアプリだ。Sonyの定額制音楽配信、Music Unlimitedにもこれに近い機能があるが、これをSpotifyではサードパーティがSpotifyアプリとして提供している、と説明することもできる。

ただ、肝心の精度と操作性がわるい。気分をあらわすよっつのボタンを選んでから、さらに、たとえば聴きたい曲としてこういう曲、というのをいくつか入力させる形で、その後、折れ線グラフをいじる、というUIなのだが、かなり面倒な上、かんじんな選曲の精度がいまいちだ。

「気分」で聞きたい音楽を選んでもらう、という機能は、ソーシャルラジオの老舗であるPandora RadioとLast.fmが、「シード・ソング(種となる曲)」という仕組みですでに実現している。まず、聴きたい曲名をGoogleの検索欄のようなところに入力すると、その曲と似た曲が次々とかかる。これがPandora RadioとLast.fmの最もシンプルな楽しみ方なのだが、この方式と比べてどこが優れているのか、moodagentの作成者が理解していない。

気分をなんとなくえらぶと選曲がはじまるラジオとしては、フランスの老舗パーソナライズドラジオMusicoveryがあるが、こちらの方がはるかに直感的な操作で、かつ選曲力もずっと高い。なお、Musicoveryは日本からも小細工無しでアクセスできるので、Pandora Radioに興味があるような方はぜひ試してみていただきたい。

少し話が逸れるが、フランス版SpotifyのDeezerといい、フランス版Pandora RadioのMusicoveryといい、フランスのソーシャル・ミュージック・メディアには「何か」が宿っており、劣化版や猿まねに終わらない優れた創造力を、フランスから感じる。次世代型音楽メディアでは、後方から追い上げる立場にいる我が国も見習いたいところだ。


著者プロフィール
榎本 幹朗(えのもと・みきろう)

 榎本幹朗

1974年、東京都生まれ。音楽配信の専門家。作家。京都精華大学講師。上智大学英文科中退。在学中からウェブ、映像の制作活動を続ける。2000年に音楽TV局スペースシャワーネットワークの子会社に入社し制作ディレクターに。ライブやフェスの同時送信を毎週手がけ、草創期から音楽ストリーミングの専門家となった。2003年ライブ時代を予見しチケット会社ぴあに移籍後、2005年YouTubeの登場とPandoraの人工知能に衝撃を受け独立。

2012年より『未来は音楽を連れてくる』を連載・刊行している。Spotify、Pandoraをドキュメンタリーとインフォグラフィックの技法を使って詳細に描き、 日本の音楽業界に新しいビジネスモデル、アクセスモデルを提示することになった。 音楽の産業史に詳しく、ラジオの登場でアメリカのレコード産業売上が25分の1になった歴史とインターネット登場時の類似点 や、ソニーやアップルが世界の音楽産業に与えた歴史的影響 を紹介し、経済界にも反響を得た。

寄稿先はYahoo!ニュース、Wired、文藝春秋、プレジデント、NewsPicksなど。取材協力は朝日新聞、Bloomberg、週刊ダイヤモンドなど。ゲスト出演はNHK、テレビ朝日、日本テレビなど。音楽配信、音楽レーベル、オーディオメーカー、広告代理店を顧客に持つコンサルタントとしても活動している 。

Facebook:http://www.facebook.com/mikyenomoto
Twitter:http://twitter.com/miky_e

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