音楽の違法DLは世界で95% 解決できないiTunesと解決できるSpotify「未来は音楽が連れてくる」連載第00回 1.

コラム 未来は音楽が連れてくる

生産額の減少が続き、暗い話題が絶えない日本の音楽産業。この現状を打破するため、360度ビジネスや定額制音楽配信サービス、B to B事業の展開など様々な方法で業界の底上げを図っている。しかし、未だパッケージの売上を補う方法が見つからないまま、超円高により、CD売上がドルベースで世界一になるという皮肉な状況となった。

一方、海外ではフリーミアム(基本サービスを無料で提供し、上位サービスに課金する)モデルなどを利用した『ソーシャル・ミュージック』を積極的に取り入れたことで、売上が回復する国も出始めている。

SpotifyやPandora Radioが起こしたソーシャル・ミュージックのブームは、欧米各国の議会を巻き込む勢いを見せている。しかし日本の音楽シーンは、iTunesや着うたフルの時代で話が止まっており、海外のメジャーレーベルと日本の音楽産業との間には、鎖国時代のような“情報格差”が生じてしまった。

そんな中、音楽メディアとITメディアのコンサルティングを中心に活動中の榎本幹朗氏が、世界の音楽産業の最前線を広く伝えるために、著書『未来は音楽が連れてくる』を出版する予定だ。

ファイナルアンサーと目されるSpotifyや、史上初めて地上波を越えたPandora Radio、新しい音楽TVの形とされるVEVO、音楽とソーシャルゲームを融合したTurntable.fmなど、日本未上陸のソーシャル・ミュージックについて、縦横に語り尽くした内容となっている。

これまで、ブログなどで「こんな便利なサービスがあるらしい」と知る程度だったソーシャル・ミュージック。実際、海外の音楽シーンにどのような革新を起こしたのか。創業秘話、メジャーレーベルとの交渉の経緯から、各国政府の反応、ビジネス的なインパクトといったところまで知ることができる本だ。音楽業界関係者だけでなくアーティストや音楽ファンにも、ぜひ読んでもらいたい内容となっている。

今回Musicman-NETでは、書籍化に先がけ、一部内容を特別連載する。連載のイントロダクションとして、榎本氏のインタビューをお届けする。


ーー榎本さんの著書を拝見して、感銘を受けるとともに大変な情報の格差を感じました。仕事柄、この手の情報に対しては、相当注意深くアンテナを張っていたつもりですが…。海外でのソーシャル・ミュージックの大躍進について、一般ユーザーだけでなく、業界関係者も実はきちんと認識していないんじゃないででしょうか。

榎本:今月(2012年5月)、ヤフーのトップに初めてPandora RadioとSpotifyの名が入った記事の見出しが出ました。海外の音楽サービスといえばiTunesだった多くの日本人にとって初めて見る名前だったと思います。

日本は、次世代のソーシャル・ミュージックに関して5年以上、遅れています。サービスを日本で使えないせいもあって、ブログの紹介などで「海外ではこんな便利なサービスがあるらしい」という程度しか、業界のみなさんも知る機会がなかったと思います。

ーー音楽ビジネスでもガラパゴス化が進んでいるのかもしれませんね。Pandora RadioとSpotifyについて、読者へ向けて簡単に紹介してもらえますか。

榎本:Pandora Radioは、パーソナライズド・ラジオと言って、ユーザーの好みの音楽が次々とかかる魔法のようなラジオです。その選曲のセンスはジャンル分けや年代分けに頼っていた時代とは比べものにならないくらいの気持ちよさで、全米のレーティング(テレビでいう視聴率)は6%を越えています。これはMTVや地上波ラジオの全てを越えた数字なんですね。また、アメリカではiPhoneアプリの利用頻度ランキングで、Facebook、Google Mapに次ぐ3位(アップル製アプリを除く)につけており、スマホのキラーコンテンツになっています。

Spotifyは、月10時間まで無料でどんな楽曲でも聴き放題で、楽曲のダウンロードすら不要という驚異的なサービスです。違法ダウンロードよりもずっと便利で、しかもレコードメーカーにとってはiTunesよりも稼いでくれつつある、という夢のような音楽配信です。

実は、このPandora Radioの名前がアメリカの議会を騒がせてから6年が経ち、Spotifyがイギリスやスウェーデンの国会を巻き込んでから3年近く経っているんですね。

ーー日本でもちょうど今、違法ダウンロードの罰則化について与野党が検討している最中ですね。

榎本:欧米はその先にある、ダウンロード販売に変わる代替サービスについての議論に入って数年経っている、ということです。日本では違法ダウンロードの代替サービスに、iTunesや着うたフルが想定されていますが、この想定自体が古くなってます。

ーーiTunesや着うたフルはもう古いと。

榎本:全世界における楽曲のダウンロードの内、合法的なダウンロードはたった5%しかありません(2008 IFPI調べ)。この数値は日本でも大きく変わらないと思います。

iTunesは確かに、楽曲ダウンロード販売の7割を占める圧倒的なシェアを持っています。けれど、トータルでみるとiTunesは5かける7割の3.5%しかカヴァーできてないのです。

「ダウンロード販売は、解答になっていない」というのは、海外のメジャーレーベルの共通認識になっています。欧米諸国の議会もまた、こうしたファクトを踏まえた上で議論が進んでいます。

海外のメジャーレーベルはこの根本的な問題に対して随分前から、対応に入っています。Spotifyの株主になったことはその一例ですね。失敗しましたが、2008年にメジャーレーベル主体で、無料で聴き放題のサービスをやったこともあります。MySpace Musicのことです。現在、海外のメジャーレーベルの経営陣は、日本のみなさんのイメージに反して、ラジカルかつ現実的な考え方を持っています。

ちなみにSpotifyがどうしてメジャーレーベルから許諾を取れたかというと、CDパッケージを不要にするだけでなく、ダウンロードも要らなくする技術を持ち込んだからです。「パッケージもダウンロードもなくしちゃえばファイル共有できないだろう」ということですね。

日本でもゲーム業界は、違法ダウンロードと中古品の対策で脱パッケージに励んでいるところです。任天堂は、ディスクが入ってないかわりにアクセスコードが書いてある紙の入ったパッケージを小売店に卸すという、興味深いプランを進めており、注目してます。

ーー日本では、違法ダウンロードの罰則化の是非に話が終始していますね。

榎本:ヨーロッパも最初はそうだったんですが、2009年ごろに、スウェーデンで「アメとムチ」モデルと呼ばれる方式が確立し、これをイギリスの政府が踏襲したことで、話のポイントが変わったんです。

ーー「アメとムチ」モデルというのは。

榎本:違法サービスの罰則化を進める際は、違法サービスよりも便利な合法サービスも促進する、というやりかたです。2008年、スウェーデンで、ファイル共有検索の最大手パイレーツベイが訴えられました。パイレーツベイ経由で生じた違法ダウンロード数は、一説には100億本以上ともいわれています。

同じ年にSpotifyがスウェーデンでサービスインし、わずか一年で大成功を収めたんです。違法ダウンロードが大幅に減っただけでなく、Spotify経由の収入で、レコードメーカーの売上がV字回復したんですね。現在、スウェーデンのメジャーレーベルは、iTunes経由の収入よりもSpotify経由の収入が多くなっています。

ーー原稿にありましたが、アメリカでiTunesが登場したときと似ていますね。

榎本:そうです。2001年に違法ファイル共有の中心的存在だったナップスターが敗訴し閉鎖され、この翌年にiTunesが登場しました。規制強化の際は、セットでイノヴェーションの促進も進めればいいわけです。過去に戻れないのは文明の本質ですしね。

ーーイギリスの世論はどのように進んでいたのでしょうか。

榎本:Spotifyは、2009年にイギリスに上陸したのですが、上陸の一年前、イギリスでは、違法ダウンロードの罰則化について議論が巻き起こっていたんです。というのは、デジタル・エコノミー法案という、イギリスのIT産業を育成する法案があったんですが、成長戦略の具体案というのが、違法ダウンロードの罰則化ぐらいしかないという感じだったのです。

さらに、イギリスの音楽業界は、テープの値段に補償金を上乗せするようなノリで、違法ダウンロードの補償金を全てのプロバイダー料金に上乗せしようと動いていたことが発覚しました。で、大ブーイングが起きました。イギリス国民は、「違法ダウンロードを禁じるなら、それに替わりうる代替サービスをちゃんとやりなさいよ。たとえばSpotifyとか」と音楽業界にクレームを入れたんです。

ーーユーザーの議論がイギリスの音楽産業を動かしたわけですね。

榎本:前提があります。まず、アメリカでナップスター裁判が映画になったように、パイレーツベイ裁判は、欧州でセンセーショナルなトピックスとなっていました。そして、このニュースと合わせて同国スウェーデンのSpotifyの情報も入ってきたんです。これが大きかったと思いますね。「Spotifyは違法ファイル共有よりもずっと便利。だからスウェーデンで違法ダウンロードが減った」という情報が、ニュースを通じてイギリスに認知されていったわけです。

「iTunesのようなダウンロード販売が違法ダウンロードの代替にならないのはIFPIのレポでわかっている。ならばSpotifyをイギリスでもやれ」という世論になったのです。SpotifyがiTunes以上に稼いでくれることがスウェーデン支社を通じてわかったことも、イギリスの音楽産業を動かす理由になったと思います。

ーーイギリスには、Last.fmもありました。

榎本:ちょうどこの頃、イギリス発のソーシャルラジオ、Last.fmがイギリスでブームのピークを迎えており、Arctic Monkeysのような大型新人がLast.fm経由で誕生していました。2007年にはCBSがLast.fmを340億円で買収し、創業者のマーティン・スティクセルたちはイギリスIT業界のアイコンになっていました。

Last.fmも冒頭に紹介したPandora Radioと同じく、基本無料のパーソナライズド放送で、おもに広告収入でまかなわれています。ここは既存のラジオと同じなんですが、従来と異なる点があります。広告売上の半分以上を、ロイヤリティー(デジタル演奏権の使用料)の支払いにあてているんです。

つまり、メジャーレーベルはパーソナライズド放送を通して、実質的に広告収益モデルを入手できることがわかったのです。Pandora Radioの2011年度の売上は100億円ぐらいありますが、このうち50億円がSoundExchange経由でレーベルに収められています。

レーベルは、Pandora RadioやLast.fm、そしてSpotifyに実験的に許諾を卸すことで、いろいろわかってきたのです。自分たちの売上の3分の1を削ったITメディアも、使いようによってはきっちり儲けをつくってくれることが検証できました。現在、メジャーレーベルはSpotifyの主要株主に名を連ねています。

ーーiTunesや着うたの売上が頭打ちとなり、ダウンロード売上がCD売上の激減を補えないことが見えてきました。Spotifyのようなフリーミアムモデルは、補うことができるでしょうか。

榎本:Spotifyの創業者ダニエル・エックが説明に使ってたのですが、イギリス人は年平均1枚のCDを買うそうです。対して、Spotifyのプレミアム会員は、毎月CDアルバム1枚分(10ポンド)を払ってくれます。つまり年12枚分です。Spotifyのプレミアム会員率は非常に高く16%を越えるのですが、この12枚を無料会員で薄めても、ユーザーあたり年2枚分を支払ってくれることになる。実際には、サブスクリプション収入と同じくらいの広告収入があるので、Spotifyはユーザーあたり、ざっくりいって年CDアルバム4枚分近く、音楽業界にお布施してくれるわけですね。理論値だけで言えば、CDを全廃して、Spotifyだけにしたほうがいいくらいです。

こうした計算を踏まえた上で、海外のメジャーレーベルはSpotifyの株主になり、世界展開を促進しているのです。まずイギリスで試す。そこでうまくいけば欧州各国での展開を許諾し、ようやく本丸アメリカに持って行く。そして全世界へ。このような流れが、Last.fmとSpotifyで出来たように思います。フリーミアムモデルやパーソナライズド放送は、音楽以外のコンテンツ産業でも応用可能なので、アメリカに続いて欧州も、コンテンツ産業政策で一歩、先を行ったと言っていいかもしれません。


著者プロフィール
榎本 幹朗(えのもと・みきろう)

 榎本幹朗

1974年、東京都生まれ。音楽配信の専門家。作家。京都精華大学講師。上智大学英文科中退。在学中からウェブ、映像の制作活動を続ける。2000年に音楽TV局スペースシャワーネットワークの子会社に入社し制作ディレクターに。ライブやフェスの同時送信を毎週手がけ、草創期から音楽ストリーミングの専門家となった。2003年ライブ時代を予見しチケット会社ぴあに移籍後、2005年YouTubeの登場とPandoraの人工知能に衝撃を受け独立。

2012年より『未来は音楽を連れてくる』を連載・刊行している。Spotify、Pandoraをドキュメンタリーとインフォグラフィックの技法を使って詳細に描き、 日本の音楽業界に新しいビジネスモデル、アクセスモデルを提示することになった。 音楽の産業史に詳しく、ラジオの登場でアメリカのレコード産業売上が25分の1になった歴史とインターネット登場時の類似点 や、ソニーやアップルが世界の音楽産業に与えた歴史的影響 を紹介し、経済界にも反響を得た。

寄稿先はYahoo!ニュース、Wired、文藝春秋、プレジデント、NewsPicksなど。取材協力は朝日新聞、Bloomberg、週刊ダイヤモンドなど。ゲスト出演はNHK、テレビ朝日、日本テレビなど。音楽配信、音楽レーベル、オーディオメーカー、広告代理店を顧客に持つコンサルタントとしても活動している 。

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