音楽業界の財産を多くの人たちに伝えていく 〜「ソニックアカデミーミュージックマスター」Web講座 CHOKKAKU氏インタビュー

インタビュー スペシャルインタビュー

CHOKKAKU氏

2015年4月に開講した、ソニーミュージックによる本格的音楽制作セミナー「ソニックアカデミーミュージックマスター」は一流クリエイターを講師に迎え、プロの音楽制作の現場で実際に行われている手法を明らかにしてゆく講座を行ってきたが、2015年11月からその講座がWeb上で受講可能となった。今回は「パーフェクトアレンジコース」の講師であるアレンジャー CHOKKAKU氏とこれまでの「ソニックアカデミー」を振り返っていただきつつ、ソニー・ミュージックレーベルズ灰野一平氏にも同席頂き、Web講座の狙いや反響、そして「ソニックアカデミー」の今後まで話を伺った。

(JiRO HONDA)
2016年1月25日 掲載
  1. 音楽はテクノロジーと共に突き進む
  2. 壁にぶつかったときに活きるのが「教育」
  3. アレンジャーは要らない?、そんな時代に求められるクリエイターマインドとは
  4. スタジオ内で行われていた「ノウハウの伝承」をソニアカで行っていく

 

音楽はテクノロジーと共に突き進む

——CHOKKAKUさんはこれまでに「ソニックアカデミー」で3回の講座を持たれていますが、それ以前に講師をされたことはあったんでしょうか?

CHOKKAKU:昔、広島の某音楽教室で、ギターやバンドのアレンジの仕方を教えていた時期があったんですが、もう30年以上前のことですね。それを早く辞めたくて東京に出てきました(笑)。

——(笑)。では、講師として人に教えるのはずいぶん久しぶりだったんですね。

CHOKKAKU:そうですね。若いときは「俺が俺が」みたいな気持ちが強かったので、「あまり人に教えるタイプではないな」と思っていたんですが、やはりこのくらいの年齢になってくると、自己主張がだんだん薄れていくもので、人のためになればいいかなと(笑)。

——語れることもキャリアとともに増えてきた?

CHOKKAKU:それもありますが、噛み砕いて教える必要がないんじゃないかと思えたのも大きいですね。若いときは疑問をたくさん持った方がいいと思うんです。ですから、ある意味わかりやすい説明よりも少しわかりづらいくらいのほうがいいのかな? と。「あれってどういう意味なんだろう?」と考え続けて、10年、20年経ってようやく分かるとか、結果的にそうなればいいなと思います。答えが最初からわかっていたら誰も追求しないですしね。

——Webでカリキュラムを配信することについてはどのようにお考えでしょうか?

CHOKKAKU:自分が音楽を始めた頃は、まだ世の中に楽譜とかあまり出ていない時代でした。ですからプログレッシブ・ロックのような難しい音楽をカバーするときは大変で、NHKで放送していた『ヤング・ミュージック・ショー』で流れる2時間ぐらいのライブ映像を一生懸命観て、「ギターはどこのフレットで弾いているんだろう?」とか確認していたんですよ(笑)。だから、Webで講座が配信されることにそんなに違和感はないというか、いい時代になったなと思います。

——CHOKKAKUさんと松隈ケンタさんとの対談を拝見したんですが、CHOKKAKUさんはデジタルに柔軟なスタンスをお持ちなんだなという印象を持ちました。

CHOKKAKU:音楽ってテクノロジーとの歴史なんですよね。常にテクノロジーによって音楽は変わってきていることは確かで、ポップスというたかだか80年しか歴史のない世界で、例えばアナログだ、デジタルだと論争を繰り広げる方がバカバカしい気がします。ポップスはもっと進化して別のものになっていく可能性もあると思いますし、クラシックでさえ、誕生してから現代に至るまでにかなりの変革が起きています。

例えば、グランドピアノができる前のクラシックとできた後のクラシックはまるで違う世界になっています。グランドピアノがなぜ革新的かというと、ピアノってかなり太い弦を張っていて、それまでの技術力だと、それを支える家具が作れなかったんです。それが弦の張力に耐えうる家具が作れたというテクノロジーの進歩があったからピアノができ、音域がかなり広がったので、作曲家がオーケストラを作れるようになったという事実があります。何が良いとか悪いではなくて、テクノロジーと共に音楽は突き進むべきではないかなと、そう思っているわけです。

 

壁にぶつかったときに活きるのが「教育」

——11月より配信がスタートしていますが、ユーザーの反応はいかがでしょうか?

灰野:非常に好評でホッとしています。10講座を観てそれぞれのポイントを勉強してもらって、オリジナルの楽曲を1曲提出してください、という課題も実施していまして、すでに楽曲を送ってきてくれた方もいます。良い作品があればCHOKKAKUさんにも聴いていただこうと思っています。

ソニー・ミュージックレーベルズ 灰野氏
▲ソニー・ミュージックレーベルズ 灰野氏

——そこからすごい才能が現れる可能性もありますね。「ソニアカ認定クリエイター制度」も設立される予定だそうですね。

灰野:はい。楽曲を送ってきていただいた方の中から評価の高かった方には、こちらからも積極的にアプローチして、色々な仕事をお願いできたらいいなと思っていますし、地方にお住まいの方で、音楽業界にコネクションがなかったり、どこからアプローチしていったらいいのか分からない方が、世に出るきっかけになってくれたらと思っています。

——CHOKKAKUさんもオーディションがきっかけでお仕事に繋がったことはありましたか?

CHOKKAKU:昔カセットテープ・ブランドのオーディションで確か2位と、オーディエンス賞をいただいて、それをきっかけにメジャーレーベルからデビューさせてもらいました。ちなみに次の年の優勝が槇原敬之くんだったんですよね。

——CHOKKAKUさんご自身、広島にいらした時代にこういったWeb講座があったら受講したいと思われましたか?

CHOKKAKU:もちろん!!広島の音楽教室で教えていた頃は、月に一回、東京に全国の若い講師を呼んで、当時活躍しているアレンジャーの方が無料で研修をしてくれるという、大変ではあったのですが、ある意味すごく幸せな時代だったんで、今はそういう機能を持っているところがないですからね。あったらきっと受講したんじゃないでしょうか。

——具体的にどういうところを一番伝えていきたいと思っていますか?

CHOKKAKU:プロになるというのはすごく簡単なことだと思うんです。国家試験があるわけでもないですし「明日からあなたはプロです」と言われるわけでもない。僕も最初の頃は、やはり若いということもあり、センスや勢いで仕事をしていたと思うんですが、勢いというのはそう何年も続かないんですね。同じ調子でやっていると世の中に飽きられる率が高い。自分もそういう時期があって、それを乗り越えるのに何が一番役に立ったかと言えば、先ほどの研修で教わったことなんですね。「教育を受ける」というのはそういう勢いだけで行ったあとに来る、荒廃した世界の中で助けてもらえる唯一のものだったりするんですね。

——やはり土台が大切であると。

CHOKKAKU:そうです。土台があれば、その後、生き抜いていけます。プロとして仕事を長く続けると、壁にぶち当たるときは絶対に来ます。そのときのためにある程度の土台は持っておいた方がすごく助かるというのが、一番伝えたいことですね。

アーティストだとまた別の話になってきますけど、特にアレンジャーは、本当に教育が大切だったりします。アレンジャーやサウンド・プロデューサーの場合はやはり、技術力みたいなものがあると、何かがあったときに助かるんだと思っています。

——話は変わりますが、最近みなさんおっしゃるのが「ネット発の若い世代のクリエイターの子たちと、J-POPの現場でやられてきた人たちの間に断絶が起きつつある」と。そういうことを感じられたりしますか?

CHOKKAKU:いや、自分はそんなに感じません。ネットのクリエイターの人たちが作った曲を聴いて「おー、これはオモロイ」「すげーなー、こいつ」みたいに思っていますけどね(笑)。

——とはいえ、そういうクリエイターたちも、そのセンスだけでは最後までいけないということですよね。

CHOKKAKU:そうですね。ネットの状況が今のままずっと続くかというと、そうもいかないわけで。新しい技術が生まれてはなくなり、生まれてはなくなりと、集合・拡散を繰り返していますからね。

 

アレンジャーは要らない?、そんな時代に求められるクリエイターマインドとは

アレンジャー CHOKKAK氏

——移り変わりの早い音楽業界で、今アレンジャーに求められる一番大事なことは何だとお考えですか?

CHOKKAKU:うーん、これからの時代、アレンジだけをする人は要らないんですよ(笑)。野菜でも今、直接生産者と契約して、産地直送タイプになってきていますが、音楽も販売店やレコード会社の支店がなくなってきて、レコード会社も本店だけ、あとはネットになっていて、今後、アーティスト直送という状況が生まれてくると思います。アーティストがノートパソコンで曲を作り、アレンジして、ミキシング&マスタリングも自分でやり、ポーンと投げる世の中になってくると、アレンジだけする人は要らなくなります。エンジニアもそうですが、結局その過程だけ行う人は要らなくなる可能性があるんですね。そうなったら、専業アレンジャーはもう劇伴くらいしか生きる道がないのかなと(笑)。だから、専業で生きるならオーケストレーションとか劇伴の理論はたくさん覚えていかなければいけないよなとか考えますね。

——CHOKKAKUさんですら、そういう危機意識を持っている。

CHOKKAKU:そうですね。最近はアレンジよりも、外国の作家とコライトして、曲を作って、ポンとパックで色々な会社に提案していくような仕事の割合がかなり多くなってきています。そういう仕事を昔は考えつかなかったですよね。昔は詞先で、次は曲先になって、今はアレンジ先の印象があります(笑)。要するに、歌じゃなくてアレンジが先にできて、外国の作家に送り、音を加えて「これでどうだ」と送り返してくると。ネットのおかげで、そういった作業を国の垣根を越えてできるようになりました。

これからは総合的な考え方で音楽に接していかないといけないのかなとは思いますね。ただ、それがずっと続くとも思わないので、もしかしたらアレンジャーが必要になる時期がまた来る可能性もあるかもしれません。

——その可能性というのは例えば?

CHOKKAKU:去年あたりからファンクものが増えてきて、曲自体ファンキーなものが売れてくると、ブラスアレンジが必要とされることが多いんです。でも、ここ十数年はストリングスを中心としたアレンジが主流だったので、ブラスアレンジができる人が少なくて、「誰かいないか?」ってなった時に、「CHOKKAKUだ!」とお仕事を頂くこともあります(笑)。

——なるほど(笑)。

CHOKKAKU:そういうことも起きうるんですよね。だから、エデュケーションはすごく大切です。音楽に関わろうと思うのであれば、ある部分は基本で持ちつつ、広く浅く、総合的に色々な知識を得た方が、これからは良いのかもしれません。

——こだわりすぎると世界が狭くなる?

CHOKKAKU:それは危ないですね。そこから逃げられなくなるので。「オレはダンスものしかやらないぞ」と言ったら、ダンスものしかやれなくなっちゃいますからね。色々な音楽をやっていった方が良いんじゃないですかね。

——それにしても日本を代表するアレンジャーであるCHOKKAKUさんから、「アレンジャーがいらなくなる」というお話を聞くとは、衝撃的です。

CHOKKAKU:もちろん劇伴とかはこれからも必要なので、アレンジャーという職業は残っていくとは思うんですが、ポップスにおいてアレンジャーという人は、どんどん少なくなっていくんじゃないですかね。伝統芸能でもそうですけど、少なくなってもやはり必要な部分はあるので、何人かの精鋭たちは残るとは思いますが。専門職みたいな人が何人か残って、あとは大量生産できる人がたくさんいるような世界になっていくんじゃないかなと思っています。

 

スタジオ内で行われていた「ノウハウの伝承」をソニアカで行っていく

——ソニアカの講座はどういうクリエイターに受けてほしいですか?

CHOKKAKU:「音楽で生きたい」と思う人ですかね。今のような制作環境になる前は、スタジオで録らないといけなかった。それで、お師匠さんみたいな人がやっていることを目の当たりにできた時代だったんですね。

——現場で生で見て「こうやって音を作っているんだな」と。

CHOKKAKU:そう、煮詰まったら悩んでいるフリをしていたら良いのかなとか…(笑)、そういうことを含めてお師匠さんの仕事をみて勉強できる時代でした。でも今は、昔みたいに機材を持って行くことがないですからローディーも必要ないですし、弟子を取る人もいないので、師匠や先輩の作業を見る機会がないんですよ。だから、そういう機会の代わりとしてソニアカは必要なんだと思います。

——なるほど…そのあたりにソニアカの意義がありそうですね。灰野さんはソニアカのWeb講座を開講してみて、どのような感想をお持ちですか?

灰野:CHOKKAKUさんには、40人くらいの生徒を相手に「パーフェクトアレンジコース」をやっていただいたんですが、私たちとしては、リアルな講座だとそれ以上の規模感の講座だと大学のマスプロ講義みたいになってしまうので、丁度良い人数だったかなと思いつつも、東京まで来られない人や、時間の都合がつかない人たちに、何らかの形でより多くの人に、この講座を観てもらえるチャンスを作りたいと思っていました。

——そして行き着いたのがWeb講座と。

灰野:そうです。もし十数年前だったらテレビ教育事業みたいなことしか考えつかなかったと思いますが、それに比べると、Webははるかにコストも安くて、いつでも観られるという、夢のようなツールです。Webだからこそ多くの方々に、CHOKKAKUさんの貴重な講座を、手軽な形で提供できるわけですし、それはとても意義のあることだと感じました。

——ソニアカではたくさんの方が講座を持たれていますが、CHOKKAKUさんに講座をお願いされた理由は何ですか?

灰野: 理由というか、A&Rになってもう15年ぐらいになるのですが、色々な方々と仕事をさせていただいている中で、「この人なら間違いない!」という方を順番に口説いていっている感じですね(笑)。やはり「自分が学びたいと思える人からスタートしないと」と思って。特にアレンジ講座はそういう思いが強かったですね。

——CHOKKAKUさんは多くの人に自分のノウハウを伝えることに抵抗はないですか?

CHOKKAKU:全然ないですね。多分、自分の言っていることをそのままやっても自分のようにできるわけではないと思うので。今、ProToolsに代表されるように、音楽を作る道具は単一化されてきているんですが、生み出される音楽は多様なわけですよね。やはり、その人の癖や特徴みたいなものからは逃れられませんし、逆に言えば、それはその人の個性なんです。ですから、色々な人に自分の思うことを言ったとしても、そのままではできないと思いますし、そのままやる必要もないんです。要するに、話を聞いて何かをピックアップすれば良い。ピックアップしたからと言って、それが為になるかは分からないですけど(笑)。

——(笑)。講座ではCHOKKAKUさんの「マル秘テクニック」みたいなことも出されているんですか?

CHOKKAKU:ほとんど出していると思うんですけどね。ただ、講座というのは“到達点”でしかしゃべれないので、あくまでも結果論の秘技なんです。実はそこに至る過程がかなり難しいんですが、それはみなさんが自分で色々なことをやって、学んでいくことだと思います。

——ソニアカは今後Web配信を推し進めていくんですか?

灰野:そうですね。これからの講座は全て配信対応にして、より多くの人が講座を受けられるようにしていきたいです。また、Web講座ですとアーカイブ化できますし、時間の制約なくノウハウの伝承に繋がれば良いんじゃないかなと思っています。

——音楽業界の財産になりますね。

灰野:そうなったら本当に嬉しいですね。

——最後になりますが、CHOKKAKUさんから若いクリエイターの方たちにメッセージを頂けますか。

CHOKKAKU:若い人たちには…何か新しいネタを教えて欲しいですね(笑)。

灰野:第一線で活躍している方って、新しい情報をどんどん吸い上げて、新たなノウハウを身につけていくんですよ。だから逆に躊躇なく人に教えられるんだなと、横で見ていてすごく思います。マネされても恐くないというか、そこだけにこだわっていたら、きっと残れない世界なんだと思います。

——CHOKKAKUさんは輝かしいキャリアがあるのに、未だにハングリーなのは本当にすごいなと感じます。

CHOKKAKU:いやいや…今でも本当に楽器が好きで、次から次へ欲しくなっちゃうんですよね。だから、「新しい楽器やプラグインをどんどん買いたい」、というのも一つのモチベーションになっている気がします(笑)。

アレンジャー CHOKKAK氏、ソニー・ミュージックレーベルズ 灰野氏

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