暮らしの中にそっと音楽が寄り添う提案 〜スマホ向けオンラインラジオサービス「LIFE’s radio」スタート

インタビュー スペシャルインタビュー

浦部浩司氏
浦部浩司氏

株式会社ソケッツが、今年6月にスマホ向けオンラインラジオサービス「LIFE’s radio」の提供を開始した。気分やシチュエーションから番組を選択して邦楽/洋楽 約50万曲の楽曲を楽しむことができる同サービス。一番の特徴は、実際に人が聴き、2,000以上の項目(ビート、楽器、曲調、テンポ、声質、歌詞など)を組み合わせてデータベースを作っている点だ。約10年をかけて作り上げた独自の音楽データベース/レコメンデーションシステムはどのようにして開発に至ったのか。同社 代表取締役社長 浦部浩司氏にソケッツの設立から「LIFE’s radio」までお話を伺った。

浦部 浩司(うらべ・こうじ)
株式会社ソケッツ 代表取締役社長


昭和43年5月18日生
平成4年4月  株式会社ジャフコ入社
平成11年10月 株式会社ビジュアルコミュニケーション入社 執行役員
平成12年6月  当社設立、代表取締役社長就任(現任)

 

——まず、ソケッツの成り立ちについてお伺いしたいのですが。

浦部:2000年の設立当時から着メロをアーティスト名や楽曲名から探すのではなくて“気分から探す”「気持ち検索」というサービスを行っていたんですね。例えば、嬉しい着メロだと、明るさとか楽曲の速さにパラメーターをつけて、それぞれを掛け合わせると、元気が出る着メロになる、というような。今のデータベースと比べると簡易的なものになるんですが。

——人間の感情などをデータ化して解析するのは大変な作業ですよね。

浦部:大変だと思うことはあまりありませんでした。波形解析とか半自動的なロジックは昔からありましたが、それを使って解析してもしっくりこなかったんです。それをどうしたらよりしっくりくるかと考えたときに、結局は人が判断した方が、精度が上がるんじゃないかと思い、試しにやってみたのが始まりです。

データベースの構造としては、IDのマッチングと、基本情報/関連情報と、実際に人が聴いて振り分ける3階層に分けているんですね。ビート、リズム、曲調や、楽曲の構成、楽器の種類、声質、歌詞の内容などを実際に人が聴いて細かく分類するマッチング・アルゴリズムです。聴いてもらう入り口はアーティスト名からでもいいですし、楽曲名からでもいいですし、もしくはテーマ、シチュエーション。その途中でユーザーのフィードバックがあると、そこを学習していくというものです。

——そのデータベースはすぐにビジネスに繋がったのでしょうか?

浦部:時代に恵まれていたんです。会社を立ち上げたとき、着メロブームでそういったアプローチが結果的にお金になりました。それからしばらくして着うたが世の中に広まったときに、真っ先に、KDDIさんに弊社の検索の仕組みが採用されたことで、着うたの市場とともに弊社のビジネスも引っ張られて、データベースも作り続けることができました。すごく運がよかったです(笑)。KDDIさんにもとても感謝しています。

——そもそも、なぜ音楽データベースレコメンデーションシステムを作ることになったんですか?

浦部:私は学生時代からラジオっ子で、FENやサウンドストリート、クロスオーバーイレブンなどで育てられたんですね。それで高校生の夏休みに「ライブエイド」が開催されて、テレビで観たらU2や、クイーン、レッド・ツェッペリンの再結成だの、夢の様なことが次から次へと起きて、「こんなものがあるんだ!」と高校生ながらにすごく感動して、テレビに釘付けになったんです。

最初はアーティストたちがかっこいいなと思っていたんですが、集まっている人の波を見て、そこに衝撃を受けたんですよ。そのときに自分は「音楽って人と人をつなぐ電流みたいなものだ」と思ったんですよね。ミュージシャンもすごいですけど、こうやって人が何かに気づいて繋がったら世界って変わるんじゃないかな? と学生ながらに感動して、こんなことがやりたいな、こんな世界があったらいいなと思ったのが、この会社を作る原体験なんです。

——まさか「ライブエイド」が原体験だとは思いませんでした。

浦部:そういう思いで学生時代を過ごして、社会人になったときに、何をしたらその「電流」を生み出せるのかと考えたんですよ。その何をしたら、を考えているそのときにベンチャー企業に出資して、経営をサポートする会社に誘われて入社したんですが、ちょうどマルチメディア時代が来るみたいな機運があって、その分野にずっと投資をし続けていたんです。そして、96年に当時元リットーミュージックの役員だった佐々木隆一さんがミュージック・シーオー・ジェーピーという会社を立ち上げて、そこに坂本龍一さんやハービー・ハンコックが出資するというプロジェクトの担当になりまして、結果的には投資としては大失敗だったんですが、当時からインターネットやPHSを使って音楽配信をしようとしていたプロジェクトだったんです。それはとても刺激的で勉強になるありがたい経験でした。

——それはかなり早かったですよね。

浦部:そうですね。そのプロジェクトは、レーベルさんとは距離を置いて、プロダクションさん中心でやっていたんですが、あまりいい結果にはなりませんでしたね。その後、いくつか関わっていた会社が成功して、ある意味会社に恩返しができたというタイミングでiモードが出てきたんですね。そのときにインターネットが生活の中に入って身近になっていくんだなという感覚がすごくあって、携帯電話なら人と人を繋ぐことができるんじゃないかと思ったんです。

——当時から先見の明がおありだったんですね。

浦部:先見の明と言いますか、人との出会いだったり、巡り合わせで、たまたまそのときに熱心な人がいたり、自分1人と言うよりは、色々な出会いに触発されることが数多くあったんです。実際99年に「こんなことができるんじゃないか?」と言っていたら、当時一緒に仕事をやってきた大先輩の方々に「そんなに言うんだったら自分でやってみなよ」と背中を押してもらって2000年に独立しました。

株式会社ソケッツ 代表取締役社長 浦部浩司氏

——それから楽曲検索一筋でやられてきたわけですね。

浦部:着メロの「気持ち検索」から始まって、データベースをもっといいものにしたいと思い、2003年くらいから人が聴いて分類する方法でデータベースを作ってきましたが、正直何度もやり直しました。もっといい分類があるんじゃないかとか。これも出会いなんですが、ある方に湯川れい子さんを紹介して頂いて、ご自宅に行って相談したら、湯川さんがその場でライターや評論家の方々をたくさん紹介してくれたんです。そのすべての人と何かを取組めたわけではないんですが、その中の何人かは「面白そうだね」と言ってくださって、そういう方々から意見をいただきながら、簡易だったデータベースをより本格的なものに改良していきました。

——当時はまだパーソナルラジオやストリーミング配信に理解がなかったでしょうし、貴重な協力者ですね。

浦部:3〜4年前までは、レーベルの社長さんとかにお会いして実際にデモを見せたりすると、「こんなことやってもお金にもならないだろ、ばかだなあ」などとずっと言われたんですよね(笑)。でもそれは励ましの言葉だと感じて今でもとても感謝しています。

——(笑)。ここ1年くらいで皆さんの意識が変わりましたよね。

浦部:おっしゃる通り、この1年で風向きがガラッと変わりました。

——Pandraも2000年の設立ですし、同じ時期に同じようなことを考えていたわけですが、やはり意識はしていましたか?

浦部:当時意識はほぼしていなかったです。ただPandraよりも、まずLast.fmを体感したときに「これはすごい」と思いました。当時、色んな家電メーカーさんが似たようなサービスを提供していたんですが、どれも自分にはしっくりこなくて、初めてピンときたのがLast.fmでした。「やっぱりこういうのがあるんだな」と思いましたね。ただ逆に負けちゃいけないという気持ちもありましたし、確かに刺激にはなりましたよね。

Pandraは途中で知って色々調べたんですが、12音階的なアプローチの分析の他に定性的な分類がだいたい450分類くらいがあって…。

——ミュージック・ゲノムが公開されているんですか?

浦部:今は公開されていないと思うんですが、一時ネットで公開されたんですよ。それを見て、分類の仕方が自分達のアプローチと違うことに気づいたことがあって、逆に当時から自分たちもやっていたアプローチが間違いではなかったと思いました。

——具体的にどのようなアプローチだったんでしょうか?

浦部:定量的な分類も大事なんですが、定性的な分類も大事だと思ったんですよね。その掛け合わせがとても大切だと思いました。歌詞の意味やニュアンス、楽曲が持つメッセージ性とかも読み取るのも大事だと。そこは、日本語ならではのものだと思うんですが、例えば“好きだけど嫌い”とか、“別れたけど感謝してる”とか、日本語独特のあいまいな微妙なニュアンスってあるじゃないですか。英語の表現で、そこまでのニュアンスは表現仕切れないところがあって、Pandraもそのあたりは大まかに分類しているように見えました。もちろん優れているところもたくさんあると思いますが。

「LIFE’s radio」は楽曲の定量的な特徴情報の分類はもちろんですが、歌詞やニュアンス、メッセージ、人と人の関係性が特徴的に歌われていたら、それらも特徴情報として付与する、というようなことをずっとやってきたんです。そうしたときにPandraを見て、これは似て非なるものだと思いました。

——「LIFE’s radio」の方が分類項目は多いですか?

浦部:多いです。2000くらいありますね。多けりゃいいというものではないですが、結果的に多くなってしまいましたし、今でも足りないものがあって(笑)。

——(笑)。気が遠くなるような作業ですね。人手もかかりますよね。

浦部:人手もお金もかかります。データベースってお金にするのが大変なんですが、運良くKDDIさんに声をかけていただいて、携帯電話市場の発展とともに、売上拡大した時期がしばらくあったおかげで上場もできて、上場して集めた資金をこのデータベースに全部つぎ込みました。

「LIFE’s radio」トップ画面
▲「LIFE’s radio」トップ画面

——「LIFE’s radio」の企画はいつ頃から考えていたんですか?

浦部:2007年からです。ラジオ型で、気分で楽曲がどんどん出てきて気に入ったものを買う。もしくはQ&A形式、音楽のカルテのような形で10個くらい質問して、その人の特性情報からデータベースに当てはめて、楽曲をどんどん流していくと。流れ星のように音楽がどんどん振ってくるので「流れ星サービス」と呼んでいます。
これを6年前くらいから開発していました。

——レコード会社との交渉は大変だったと思うんですが。

浦部: 2年ほど前に話に行ったときは、まともに取り合ってもらえなかったですね。それでもずっと粘り続けて、1年前のちょうど今くらいの時期に、メーカーの上の方々に改めて提案をしたら、みなさん興味を持って話を聞いてくれました。実際はソニー・ミュージックさんが一番早かったです。とても感謝しています。

——350円という金額は他のサービスと比べても安いですよね。

浦部:日本のマーケットで有料モデルを前提とすると、自分たちの感覚では着メロの感覚というか、着メロに月315円払ってきた経験が今の30代、40代には少なからずあるので、その辺を意識して金額を決めました。そこは携帯電話のマーケットでずっとやってきたということがあるかもしれないですね。

——ユーザーには非常にありがたい値段なんですが、ビジネスとして軌道に乗せるにはなかなか厳しい数字だと思うのですが。

浦部:このサービスだけで軌道に乗せるのは、相当ユーザー数がいかないと厳しいと思います。もちろん事業会社ですから、利益は求め続けるんですが、データベースって使ってもらってなんぼ、叩いてもらってなんぼという面があるんですよね。本当にたくさんの人に使ってもらえれば、それはいつか売り上げに繋がるはずですし、その中で付加価値があれば、やはり利益になるはずだと思っています。

会社の存在意義として、多くの人に1曲でも多く音楽と出会う機会を作れるかというところに、データベースを作り続ける意味があるんです。ただ、検索とかレコメンドを、企業向けに提供はしてきましたが、ユーザーと直ではないので、自分たちの作ってきたものがダイレクトに提供できていなかった。自分たちが持っているものを一番わかりやすい形で伝えるということを自分たちでする必要があると思っていましたし、その結果生まれてくるものに対して期待もしています。

 株式会社ソケッツ 代表取締役社長 浦部浩司氏

——日本だけがパーソナルラジオ型サービスで世界から取り残されている感覚があったんですが、「FaRao」「ListenRadio」など、続々とサービスが始まりましたね。

浦部:現行サービスとしてはそれくらいですが、これからもっとたくさん出てくると思います。

——「iTunes RADIO」も日本でのサービスが予定されていますね。広告収入を軸としたサービスですが、やはり、日本のレコード会社が懸念しているのはこの無料の部分だと思うんですが。

浦部:音源の種類やビジネスモデルは、結果的にはみんな同じ条件になるはずなんですね。もし違いを出すとしたらレコメンドの仕方が鍵になると思うんですよ。最終的にはそこの勝負だと思います。レコメンドにも、あるインプットに対して楽曲を出すレコメンドと、ユーザーにどんどん近づいていくというレコメンドと、大きく分けて二つあると思っていまして、現在「LIFE’s radio」は前者しか出していませんが、当然後者の開発も続けています。

——ユーザーに近づくというのは、「ライク」ボタンなどでユーザーの好みに近づけていくということですか?

浦部:もちろんそうなんですが、よりそれを発展させたようなシステムを考えてはいます。ラジオが持っている、音楽と偶然出会う喜びみたいなものを、より高めることができるか? ということが重要になると思います。少なくとも使う人にとって心地よくなければ意味がないですしね。

——あとは操作性ですよね。タップして0.1秒で音楽が流れるとか、そういったところを重点的に改良している企業もありますよね。

浦部:「LIFE’s radio」は操作性に関してはまだまだ改善の余地がありますが、一方で、データベースにかけては命をかけている社員がいっぱいいて、例えば「切ない」という感情を表現するために、100〜200パターン作るんですよ。まず、「切ない」とはどういうことかをみんなで議論するんですね。BPMや使われている楽器の種類、歌詞、テーマ、歌い方を組み合わせて、それを何回も繰り返すんですね。それをメタデータに当てはめると、「切ない」というメタデータが何百通りもでき上がるんです。

——ものすごく大変な作業をされているんですね。他のサービスにはない特徴だと思います。

浦部:楽しい感じの曲調なのに、歌詞は悲しいという曲もありますし、そういうところも振り分けないと、ラジオとして曲が繋がったときに違和感があるんですね。

——レコメンド以外に開発で苦労されたことはありますか?

浦部:いや、レコメンドも楽しんでやっていますよ(笑)。好きでやっているんですよね。ですから、少なくともここまでは開発という意味ではあまり苦労はなかったですね。もちろんスケジュールに追われたり、上手く結果が出ないとか、イメージ通りにはいかなかったですが、それを苦労とは思っていません。

——「LIFE’s radio」の今後の課題は何でしょうか?

浦部:まずはよりサービスやシステムの精度を上げることを前提に、エンジンを含めて課題点をピックアップして、徹底的に改善していきたいと思います。基本的にこういったサービスは、聴き手の方にとってもそうですが、作り手の方にとってもいいものじゃないといけないと思っているんですね。ですから、我々は「BAD」とか「Unlike」を外しているんですよ。アーティストの方がやられて嫌なことはするべきじゃないんじゃないか、という考えがあって、そういうことも含めて、「作り手の方とともに育てていく」をコンセプトに、門前払いをされてもかまわないので、全てのアーティストに紹介して回るくらいに思っています。すでに何人かの方が意見をくれたりとか、ダメ出しされたりとか、面白い感じになってきているので、レーベルの方、もしかしたらメディアの方もそうかもしれませんが、作り手の方とともに育てていければと思っています。

——サブスクリプションサービスはもっと広まってほしいんですが、みなさん恐る恐る始めた印象がありますね。

浦部:やはりこれからじゃないでしょうか。ここ1年くらいでガラッと変わりましたから。「LIFE’s radio」はアクセサリーのように使ってもらっていいと思っているんですね。音楽のある新しい生活をしましょう、と言っているつもりはなくて、暮らしの中にそっと音楽が寄り添うというような提案をしていきたいので、そこをもっと伝えていきたいですね。

——今後は「LIFE’s radio」以外の事業も考えているのでしょうか?

浦部:そうですね。今はデータベースを使って、ユーザーに新しい体験を提供するとか、パーソナライズな方向にどんどん向かっていると思います。KDDIさんなどパートナーの方々と取り組んでいくことでも1つの事業としてやりたいことがありますし、そこに役割も責任もあると思っています。一方で、「LIFE’s radio」を中心に自分たちの新しい事業もどんどんやっていくつもりです。例えば、そこに音声コンテンツがあっても良いと思っています。

株式会社ソケッツ 社内
▲ソケッツ社内のラジオブース

——音声コンテンツですか?

浦部:いわゆるトークですよね。音楽がそこに寄り添っていることが理想だと思うんですね。今のラジオと何が違うんだと言われるかもしれませんが、実際に今のラジオで本当はあってもいいけれどなくなったものとか、できないものがたくさんあると思っていまして、そういったものをアーティストやレーベルの方の力を借りながらどんどん掘り起こしていきたいですね。

——それは「LIFE’s radio」の中で、ですか?

浦部:そうです。「LIFE’s radio」に人間味を入れていくんですね。あとは、「LIFE’s radio」を支えているテクノロジーと連携していくというか、そういうことも考えられると思っています。そこはばらまくというよりは、本当に限られたパートナー、この人たちと一緒にやりたいなというような、本当に限られた人たちに「LIFE’s radio」で培っているテクノロジーを提供していくということも考えています。ただ、それはあくまでも限られたケースですね。基本的には「LIFE’s radio」を発信の場として、どんどん広げていきたいと思っています。

——「LIFE’s radio」が一般ユーザーにも広まれば、音楽の楽しみ方は絶対に変わりますよね。

浦部:リスナーの方への届け方をより聴く人の気持ちに寄り添い気の利いたものにすることが、我々ができることですし、やるべきことだと思っています。そこでより「LIFE’s radio」の価値を高めていきたいですね。

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