独立系レーベルの楽曲をメジャーと同等の条件で世界に配信 デジタル・ライツ・エージェンシー「マーリン」インタビュー

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左から:山口哲一氏、チャールズ・カルダス氏、谷口元氏
左から:山口哲一氏、チャールズ・カルダス氏、谷口元氏

世界中の独立系レーベルのデジタル権利を支援する団体マーリンの日本オフィスであるマーリンジャパンが10月1日に設立された。

先日、日本でも音楽ストリーミングサービス「Spotify」がスタートし、ますますデジタル市場での収益化が期待される中、世界ではデジタル配信業者に音源を提供する際に3大メジャーに比べて独立系レーベルは劣後の条件で契約されている現状がある。マーリンはそれを是正するために世界中の独立系レーベルを取りまとめて配信業者と交渉し、3大メジャーに劣らない条件を引き出すことを目的に活動を行っている。

今回の日本オフィスの設立について、バグ・コーポレーション代表取締役 山口哲一氏をインタビューアーに、マーリンUKのCEOチャールズ・カルダス氏と、マーリンジャパン ゼネラルマネージャーを務める元エイベックス・ミュージックパブリッシング代表で、日本音楽出版社協会 会長を務めた谷口元氏にお話を伺った。

2016年10月21日 掲載

 

  1. グローバルな枠組みのない独立系レーベルのデジタル権利を支援
  2. 47カ国約780社が参加、世界のレーベルが支持するマーリンの仕組み
  3. 約7割の会員の売上が回復

 

グローバルな枠組みのない独立系レーベルのデジタル権利を支援

山口:マーリンはどのような経緯で設立されたのでしょうか?

チャールズ:10年ほど前、欧米でデジタルにおける音楽サービスが始まった頃、フィジカル市場には小売業者や流通ネットワークがありましたが、デジタルはそれらが全く整備されていないことに危機感を持っていました。

また、それぞれの国の独立系レーベルが地域性のあるビジネスモデルを持つ中で、ダウンロード、ストリーミング、ラジオなど異なる形式のデジタルサービスに向けてグローバルな展開をするために、どのような枠組みが必要なのか分からない、という声が出始めました。メジャーレーベルは豊富な資本と組織的形態がありますし、グローバルな枠組みも備わっている。対して独立系レーベルはそれぞれ個々で活動していることから、新しい体制が必要とされていました。

さらに3つ目のポイントとして、海賊行為に対しても対策を取っていかなければならないこと。そのあたりが汲まれて、マーリンが設立されるきっかけとなりました。マーリンを設立する上で、どのような運営体制がいいのかを2年ほど考えた結果、まずグローバルな組織として立ち上げ、株主や所有者を置かず、メンバーによって運営される団体にしました。

山口:協議会のようなものでしょうか?

谷口:最初はそうだったみたいですね。今は特殊目的法人が近いと思います。

山口:チャールズさんはマーリンを始める前にはどのようなキャリアを積んでこられたんでしょうか?

チャールズ:オーストラリアでレーベルのディストリビューターの仕事をしていました。「ショック」という名前のディストリビューターだったんですが、2005年くらいまで在籍していて、その頃にデジタルのサービスや流通のビジネスについて興味を持ち始めました。それと重なって、業界の関係者と食事会をしたときに、マーリンの構想の話があり、その際に同席したメンバーの中で、フルタイムの仕事がなかったのがたまたま私だけだったんです(笑)。

山口:(笑)。現在の組織体制はどのようになっているのですか?

チャールズ:今は、日本で言う財団のようなものがオランダにありまして、そこがマーリンを運営する株主という位置づけになっています。

谷口:この財団はマーリンのメンバーの中から2年に1回、15人が理事として選ばれる形です。この15人の理事会によって運営されているわけですね。

山口:立ち上げ時の資金はどうしたのでしょうか?

チャールズ:一番最初は、ベガーズバンケット(Beggars Banquet Records、現4AD)やピアス([PIAS] Recordings)、トミーボーイ(Tommy Boy Records)ら28人の準備委員会のようなものがありまして、そこからシードマネーを出してもらいました。それはすでに全てお返ししています。その後にIMPALAというヨーロッパのインディーズレーベルの協議会のようなものがあるんですが、そこから運営資金を出してもらいまして、それも全てお返ししています。

 

47カ国約780社が参加、世界のレーベルが支持するマーリンの仕組み

デジタル・ライツ・エージェンシー「マーリン」インタビュー

山口:改めてマーリンの仕組みをお伺いしたいです。

チャールズ:マーリンは会員制をとっている組織です。会員はレーベルになるんですが、原盤権を管理するレーベルであれば会員になることができます。マーリンを通して、各種デジタルサービスなどと契約を交わすときに、マーリン会員としての契約条件から自由にオプトアウトする選択肢もあります。そういった選択権はいつも与えられています。

山口:それは「Spotifyとの交渉はだけは、マーリンに委ねず自社でやりたい」というようなことが許されるということですよね?

チャールズ:その通りです。また入会費用は一切発生せず、マーリンから3%の管理手数料が発生する以外、収益は全て会員に還元されるという仕組みです。

山口:要するに97%バックということですか?

谷口:そういうことです。しかも3%は、年間にかかる予算から逆算しての3%なんです。1年経って、いただいた手数料が必要以上の数字になっていたらお返しします。

チャールズ:過去5年の例で申しますと、7%の手数料から始まって、6%、5%と年々下がっていって、今は3%となっています。

山口:手数料の安さ素晴らしいですね。有名なところで入っていないところはありますか?

チャールズ:マーリンが始まったとき、既にナップスター、Apple Music、アマゾンなどのサービスが存在していてレーベル契約をしていたので、それ以降の新しいディールについてはライセンス契約を結んでいます。

山口:ではAppleは対象ではないんですか?

谷口:現時点ではそうです。

デジタル・ライツ・エージェンシー「マーリン」インタビュー

チャールズ:最近ではPandoraが、ラジオベースからサブリクションベースに変わるにあたって、新規契約の部分を含めて契約を交わしました。UMAというロシアのFacebookのような新しいサービスについても合法化されることが決まったタイミングで、マーリンとの契約を結ぼうとしています。マーリンとして、既存のサービスについてレーベルと契約があるものは特に介入しないスタンスだったんですが、会員が「マーリンとして、これらのサービスと契約をして欲しい」という要望があれば、対応していくということはあります。

山口:プラットフォーマーと交渉していて一番苦労したポイントというのは?

チャールズ:YouTubeやGoogleはかなり苦労しました。もちろん彼らだけが、ということではないですが、傾向として大手のサービスが新規マーケットでサービスを開始していくとき、多くの場合グローバルなメジャーよりもインディーズレーベルは良くない条件を提示されたり設定されたりするので、そこに対して働きかけていくのが大変でした。

山口:会員は何社なんですか?

チャールズ:47カ国約780社の会員がいます。その780社がさらに数々のレーベルの運営をしていて、20,000以上のレーベル数になります。

山口:計算するのが難しいかと思いますが、世界のデジタル音楽市場におけるマーリン会員の売上シェアはどのくらいなんですか?

チャールズ:個々のサービスで申し上げることはできないんですが、約12%ほどです。

山口:アメリカだとユニバーサルが4割〜5割弱、ワーナーとソニーを合わせても約7割がメジャーのシェアだと考えると、残りの3割のうち、Appleやアマゾンを除くとほとんどの独立系レーベルがマーリンのメンバーだと考えてもいいでしょうか?

チャールズ:そういう考え方もできますね。アメリカ市場は独特でもあります。国によってインディーズレーベルが強い場所であれば、18〜19%くらいまで上がるので、あくまでも平均ということですね。アメリカが何故ユニークかというと、まずほぼメジャーのディストリビューターを通して流通が行われるので、独立系レーベルがたくさんあるにもかかわらず、数字が低くなります。マーケットシェア的に言うと、マーリンの会員で強いのはストリーミング市場です。

山口:現在はデジタルの売上がフィジカルを上回っていますが、始められた当時からこの状況は想像されていましたか?

チャールズ:単刀直入に言って、デジタルが主流になっていくと思っていました。何故かというと、デジタルは物理的な制限がない世界なので、オーディエンスはどこにでもいて、音楽もどこにでもありえるという可能性がある。そういう意味で言うと、インディーズレーベルには、限りなく大きな可能性があるとは常に思っていました。デジタルはローカルではなくグローバルな市場になっているので、オーディエンスが広がっています。フィジカルは言語に起因するものがたくさんありますが、現在マーリン会員の日本の楽曲のリスナーがどこにいるかというと、北米が半分です。つまりヨーロッパや英語圏といった、日本語圏ではない場所にリスナーがいます。そういった広がりがあるのも成長の要因です。もうひとつは音楽消費の概念が今までとは違う形になってきたことがあります。その例として、ブラジルなど、今まではマネタイズが不可能だと考えられてきた地域で、実際にマネタイズがでるようになってきている所が大きいです。日本のレーベルも同じようにチャンスがあると考えています。

 

約7割の会員の売上が回復

デジタル・ライツ・エージェンシー「マーリン」インタビュー

山口:日本に何度もいらしてますが、日本の音楽レーベルの状況はどのように見えていますか?

チャールズ:一つ目に、失われていたと思っていた音楽の価値が戻ってくるだろうと確信しています。次にニッチなマーケットが世界の主流となっていくだろうということ。独立系レーベルのコミュニティという部分で言えば、単にそれぞれの会社が利益を上げて競争していくことだけではなくて、現在のトレンドとしてグローバルなコミュニティができ上がっていて、個々のレーベルのビジネスは存在しつつも、それぞれにとってベストな契約を選択できるコミュニティ体制ができ上がりつつあると思います。

山口:そんな状況でなぜ日本オフィスを作ったのでしょうか?

谷口:世界で独立系レーベルが置かれている立場がどうなっているか、次に世の中がどう動いていくのかなど、日本にいると情報として入ってこないですし、肌感覚としても全然感じないじゃないですか。このまま行くとガラパゴス化が進んでしまう。ですから少なくとも情報として、世界の独立系レーベルはこういうことをしていて、それに対してマーリンはこういうサービスを提供してるんですよということを、まずは日本の音楽産業に従事する皆さんに伝えていきたいというのが第一歩です。その機会をさらに増やしていくために積極的に情報発信をして、また日々疑問や質問があれば気軽に連絡していただければ、お答えできるという環境を整えていきたいんです。

山口:ニッチが世界の新しいマーケットだとおっしゃってましたが、ストリーミングサービスが出てきたことによって音楽の多様性が担保されたと思います。マーリンは、音楽には多様性が大切だという考えをお持ちのように感じられるのですが、音楽の多様性と独立系レーベルの存在意義についてはどう思われますか?

チャールズ:多様性というところでお答えすると、確かに消費者にとってより多くの独立系レーベルの音楽を楽しめる環境になりましたし、メジャーの音楽と同じように扱われるべきだと強く思っています。独立系レーベルは市場の片隅で細々とやっているようなイメージの時代もありましたが、実は今ではそういうレーベルが主流で、音楽サービスにとっても、独立系レーベルの占める割合というのが非常に大きくなってきている。音楽文化において重要な役割を果たすと考えています。

山口:時代の要請なんですね。デジタル化が音楽文化の多様性を担保しているというのは音楽を創っている側にも勇気が出る話です。独立系レーベルの役割が上がっているのですね。

チャールズ:そうですね。マーリンの定義としては、3大メジャーに管理されていないレーベルであれば、日本では大きな国内メジャーであって独立系レーベルに入ります。

山口:既に複数のレーベルとお話されてると思いますが感触はいかがですか?

チャールズ:独立系レーベルに対して、デジタルマーケットにあるバリューを伝えるということが大前提なので、参加するか否かの意思決定はあくまでレーベルのものです。マーリンとしては、デジタルマーケットの価値を伝えていくべきであると考えています。独立系レーベルが、3大メジャーと同等に知るべき情報があるというのがフィロソフィーです。レーベルの権利を選ぶ権利も含めて、選択の自由を保証するのが我々の役割です。

山口:日本のデジタルマーケットはSpotifyが5年遅れて日本でサービスを開始しました。ストリーミングが主流の世界標準の市場になっていくと、海外市場に展開しやすくなると思います。その際にマーリンというのは援軍になってくれますよね?

谷口:そうですね。マーリンの話を聞きたいとおっしゃってくれる会社というのは先見性のある方がいる会社だと思うんですよね。

山口:先見性というか世界標準の感覚ですね。

谷口:同じ事を今までやってきて間違ってなかったのに「なんで明日からやっちゃいけないの?」というのは、皆さん根底に持っている感覚だと思うんですよね。ただ、音楽産業の歴史を見てみるとレコード産業が中心となったのはここ50年くらいないんですよ。残念なことに僕も含めて5〜60年の世界しか知らないから、「今まではこうです」「これからもこうです」とどうしても思い込んでしまうんです。

山口:音楽の歴史は人類の歴史と同じくらい長いですが、レコード産業はその中のたった5〜60年の話ですからね。

チャールズ:国際レコード産業連盟(IFPI)も発表していますし、マーリンでも毎年調査を行っているんですが、一時的にかなり低迷していた幾つものグローバルマーケットが成長の兆しを見せていて、今は回復している時期に差し掛かっている。これはすごく良い傾向だと思います。マーリンの2/3のメンバーのビジネスも、今実際に成長している事が調査でわかっていますので、マーリンというビジネスモデルが実際に機能している証明だと思います。

どこの国でも、大体マーケットの成長や落ち込みのパターンは類似しています。ひとつ言えることは、ここに付加できる価値が存在するということがわかれば、一気に市場が安定することが確実になる。日本のマーケットで言うと、デジタルということも含めて懐疑的になっていて、新しいビジネスモデルやサービスが登場したときに、前例がないとどうしても「やってみよう」という気にならない。しかし、そこがクリアにされていくことで、新しいサービスやビジネスモデルは今まであった価値を奪うものではなくて、さらに付加していくものなんだということが共通認識として広がれば、よりマーケットとして潤っていくんじゃないかと思います。

山口:今後音楽サービスにおいてこういう機能が伸びていきそうだとか、出てきて欲しいというものはありますか?

チャールズ:新しいスタイルのビジネスが増えていくかなとは思います。デジタルマーケットがグローバルなものだという考え方が定着してきたので、デジタルなサービスそのものが新しかった頃は、みんな「Spotify」のようなサービスを始めようとしていましたが、サブスクリプションだけじゃなくて、今後はもっと多様になっていくだろうと考えています。

インタビューを終えて

 オーストラリアでCDディストリビューターをしていたとういうチャールズ・カルダス氏は、レーベルとアーティストの役に立ちたいという思いが伝わってくる人でした。

 Spotify、Apple、Googleと音楽を届けるプラットフォームがグローバルになっている時代にそれぞれの内国法をベースにした音楽ビジネスの仕組みが有効性を失いつつあるのは紛れもない事実です。

 一方で、BABYMETALの成功を見るまでもなく、日本の音楽に世界中で支持される可能性があり、ビジネスチャンスが眠っています。

 マーリンの日本オフィス開設を好機と見るか、黒船来襲とみるかは、立場や考え方によって違ってくるでしょう。欧米で作られた仕組みではなく、オールジャパンでまとめるべきだという考え方もあって然るべきです。いずれにしても、Spotifyが日本で始まった2016年が、世界中でJ—POPが活躍する元年になることを期待したいと思います。

 日本人アーティストと独立系レーベルにも大きなチャンスがあるのです、マーリンが眠れる獅子を目覚めさせてくれるのなら、本当にありがたいことですね。

バグ・コーポレーション 代表取締役 山口 哲一

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