iTunesでアルバム崩壊、YouTubeでシングル無料化。次に来るプレイリストの時代は稼げるか「未来は音楽が連れてくる」連載第55回

コラム 未来は音楽が連れてくる

2015年は勝負の年

 

連載第55回 iTunesでアルバム崩壊、YouTubeでシングル無料化。かわりにプレイリストで稼ぐ方法を考えてみた

2015年、レコード産業は勝負の年になるだろう。世界はYouTube Music Keyによって。日本はLINE MUSIC、AWAなどの新サービスによって。6年前、欧州メジャーレーベルはSpotifyで社会実験を始めたが、日本の新サービスは、Spotifyのフリーミアムモデルに匹敵する大胆なものも出てきそうだ。

6年前といえば、スマートフォンの普及が始まった2009年だ。この年、我が国で音楽配信の主力だった着うたの総崩れがはじまった。以来、日本ではCDと音楽配信、両方がマイナスを続けた。有料音楽配信売上は2009年から2013年でー54%、それは世界でも稀な事態であった。

しかし昨年(2014年)、日本のデジタル売上は4年ぶりの増収を迎えた。

その推進力は定額制配信、すなわちサブスクリプション売上の急成長だ。前年同期比+205%(1月〜9月期)となり、ー3.3%だったダウンロード販売の減収を消し込んだ。

ダウンロード販売と定額制配信の合計額は、前年同期比+12.5%にもなった(着メロ等を除く※1)。同時期のCD売上はー7%(※2)。

CDの減少、ダウンロード販売の微減、ストリーミング配信の急成長。2014年、国内のCD売上は往時(1998年)の3分の1以下になったが(※3)、ここへ来て日本は世界の潮流と同じ流れに乗ったことになる。

そして今年、日本のレコード産業は、定額制配信のアクセルを一気に踏みこむ。

音源の複製を売る「所有モデル」はアメリカからレコードで始まったが、日本はこれをCDで進化させた。音楽へアクセスする権利を得る「アクセスモデル」への転換は、欧州がSpotifyで火をつけたが、さらなる進化が日本で起こることを期待したい。

※1 着メロ・待ちうた・ビデオDLを除いた数字。これらを含んだ場合、合計は前年同期比+3%にとどまる。 http://www.riaj.or.jp/data/download/2014.html
※2 http://www.riaj.or.jp/data/monthly/2014/201409.html
※3 1998年と2013年のCD売上を比較するとマイナス66.6%、2014年もマイナス。以上から推定した。http://www.riaj.or.jp/data/money/

 

 

ハイレゾ急成長は、何の潜在需要を掘り起こしたのか

 

朗報は他にもある。世界的には悲観視されているダウンロード販売だが、日本ではハイレゾ配信の売上が急成長している。そんな報告を筆者は内々でいくつか受けている。ほとんどの方にとっても、この成長速度は予想外だったのではないだろうか。

ドラッカーは、イノヴェーションの機会として、「予想外の出来事」が最も成功しやすいと述べている。新技術の知識やアイデアよりもだ。

ブームのきっかけとなったハイレゾWalkmanの人気は、Sonyにとっても予想外であり、ZX-1の在庫切れが続いた。

かつて至高の音のよろこびは、高級スピーカーのセッティングを追い込んだオーディオマニアだけに許されていた。技術革新が進んだことで、このよろこびが、Walkmanやスマホで音楽を聴いている層に広がろうとしている。これは新市場型のイノヴェーションだ。

ストリーミングはいずれダウンロード配信と共食いを始める。だからダウンロード配信は、CDを超える高音質に向かう必要がある。そう3年前に書いた。Spotifyのドキュメンタリーを集中連載した際のことだ。

告白するが、「ほんとうにそうなるか?」と感じつつ書いた。理詰めでは確信していた。パーキンソンの法則に基けば世界はそう動く、と。だが「mp3の登場以降、ユーザーは音質を求めてない」という、この15年の常識を本当に覆せるのか…。

音質ではなく、便利さの追求が進んできた15年だった。mp3、iTunes、YouTube、SpotifyそしてPandora。新しい音楽との出会いを演出するセレンディピティの追求は、長足の進歩を遂げた。とはいえ、テクノロジーの常識は古くなる時が来る。

音楽の楽しみには、「出会い」のフェーズと「リピート」のフェーズがある。

好みの曲を発見したら、何十度も繰り返し聴く。不思議なことに、音質が悪いとすぐ飽きるが、高音質だと何度聴いても飽きが来ない。高音質は、再生数が売上を決めるアクセスモデルとも本来、相性がよい。ハイレゾは、世界に先立って日本が次のフェーズを捉えはじめた兆しのように思える。

昨年、Sonyとの対談で、創業者井深大の「20db理論」というのを教えていただいた(※1)。

「人は二倍、三倍よくなったぐらいでは気づかない。20db、つまり10倍よくなってようやく『革新的だ』と感動してくれるのだ」と。

320kbpsのmp3と[khzになっていたのを訂正 1.14]、CDは4倍程度しか差がない。だから聴き分けるのは大変である。一方、96khz/24bitとmp3なら10倍の差がある。ハイレゾWalkmanが予想外のヒットになったのは、イヤフォンでCD音源を聴くのではなく、mp3を聴く習慣があったからだろう。

いっぽうCDとハイレゾを聴き比べた場合は、意見が別れる。それは44.1khz/16bitと96khz/24bitとでは、差が3倍程度しかないからだ。次世代のI/Oは、384khz/32bitに対応してくると思われるが、そこまでいけば、CDの10倍をハイレゾ配信で実現することも可能になり、ハイレゾはもっと分かりやすくなるのだろう。

ハイレゾがほんとうの意味で納得されるのは、CDの10倍の音質が標準になったあたりではないだろうか。

コスト増もある。当たり前だが何十度でも聴ける音作りは、ProToolsのI/Oがバージョンアップしただけでは実現しない。相応の制作費が求められる。だが、よい音作りはアクセスモデル時代の稼ぎ方にも適っている。アクセスモデルの時代になると、再生数で稼ぎが決まる。

今年、日本は定額制配信に加えて、ハイレゾ配信にもアクセルを踏んでゆくことになりそうだ。

Spotifyのシリーズで取り上げたが、定額制が普及すると起こる問題がある。

CD時代、毎月数万円払っていた音楽のコアファン層が、毎月千円ほどしか払ってくれなくなることだ。しかしハイレゾと定額制が同時に普及すれば、話は変わってくる。

ハイレゾ配信では、何度でもいい音で繰り返し聴きたい音楽をつくれば、シングル500円、アルバム3000円でも売れる。CD時代と遜色のない利益率を提供してくれる。アルバムあたり容量が6GB以上となれば、アップローダからの低速な違法ダウンロードも人気を落としてゆくだろう。

日本で「ストリーミングの定額+ハイレゾの都度課金」という美しい方程式が成り立てば、世界のレコード産業にとっても新たな希望となってゆくはずだ。

※1 http://wired.jp/2014/05/30/high-resolution-innovation/

 

 

YouTube Music Keyの課題

 

世界でも勝負が始まる。

音楽配信の頂点、iTunes。世界No.1の音楽メディア、YouTube。両巨頭がSpotifyを踏襲することで、エジソン以来のビジネスモデル転換であるアクセスモデル革命が、今年、正念場を迎える。

間もなくAppleがBeats MusicとiTunesを統合すると各メディアは予想している(※1)。AppleはすでにiTunes Radioが無料だ。これに定額制配信のBeats Musicを足した場合、Spotifyがスマートフォンで展開している「パーソナライズド・ラジオは無料、聴き放題は有料」というフリーミアムモデルと同一になる。

「定額制は絶対うまく行かない」とジョブズは常々言っていたが、SpotifyとPandoraの席巻にクックは方向転換を迫られた形だ。

Googleもフリーミアムモデルを始めた。YouTube Music Keyは、無料のYouTubeと定額制配信Music All Accessの融合だ。

連載第55回 iTunesでアルバム崩壊、YouTubeでシングル無料化。かわりにプレイリストで稼ぐ方法を考えてみた

特にYouTube Music Keyの成否は、重要だ。

ファイル共有の利用率は劇的に下がったが、無料動画の影響で無料聴取層はいっそう拡大する事態になったからである。我が国では2009年に29.4%だった無料聴取層、2013年には38.1%だ(連載第54回)。

Spotifyのフリーミアムモデルは、4人に1人を無料会員から有料会員に変えてくれた。YouTubeで同様のことが起こせれば、一気に問題解決できる。YouTubeで音楽をみつけ、YouTubeでお金を払う。音楽リスナーにとってもわかりやすい。

だが、そう簡単にはいきそうにない。先立って、英国でYouTubeで音楽を聴いている1000人に調査が行われた(※2)。

「Music Keyが始まったら、あなたは有料会員になりたいですか?」

この質問に対し、Yesと答えたYouTube利用者はわずか7%、Spotifyの25%に到底及ばなかった。Music Key不人気の理由は、2つに集約できる。

理由1. リッパーがあれば有料会員になる必要が無い

Music Keyの有料会員になるつもりはない。そう答えた人の25%は「ほしい音楽はYouTubeから無料で入手できるから」という理由を選んでいる。

レコード会社が、シングルを音楽ビデオにしてYouTubeに投稿する。リスナーはこれをリッパー・アプリでスマホにダウンロード保存する。事実上、シングルは堂々と無料で入手できる。そんな時代になったのだ。

Spotifyによると、音楽生活の33%は移動先だという(※3)。カーラジオ、Walkmanの誕生以来続く人類の習慣だ。「PCなら無料、スマホなら有料」というSpotifyのフリーミアムモデルが25%の有料会員を生んだのは、この「移動中の33%」を活かしたからだ。

YouTubeでもこの「33%」が大きな作用を及ぼしたようだ。YouTubeで音楽を聴く人の12%、25歳以下なら25%がリッパー・アプリを使うようになったと、英国の音楽コンサルタント、マーク・マリガンは書いている(※4)。

リッパーで一度スマホにDL保存しておけば、外出先で自由に聴ける。広告に煩わされることもない。音楽を聴きながらTwitterやブログを読むこともできる。いわゆるバックグラウンド再生だ。移動中にスマホで楽しみたいからリッパーアプリを使っているのである。

アルバムだって洋楽なら「full album」とYouTubeで検索すればいくらでも出てくる。つまりリッパーがあれば、Music Keyで定額制会員になる必要がない。おそらく彼らは、他社の定額制配信にも入る必要を感じない。そうシビアに見積もっておいた方がよいだろう。これは今年、日本の課題でもあるということだ。

理由2. 音楽配信の世界でアルバムは不人気

すべてのアルバムがYouTubeに無断投稿されている訳ではない。邦楽なら、無断投稿に対し削除申請の速度はほぼ追いついている。我が国に限っていえば、「有料の定額制配信ならアルバムが聴ける」というユーザーメリットは残りやすい。

ただ、そもそも音楽配信の世界では、アルバムは不人気だ。

まずダウンロード配信。iTunesの最も強いアメリカの場合だ。CD時代、国民1人あたり年間4枚近くあったアルバム売上は、iTunesミュージックストアの普及した2009年には年間1枚強にまで下がった。かわりにシングルは国民1人あたり年間4枚近くに。シングルとアルバムの人気が逆転した(第二巻七章)。

ただし動画共有で事実上シングルが無料になったこともあり、替わりにiTunesでのアルバム売上シェアが増加傾向にある。それはファイル共有でCDを買わなくなった替わりに、ライブにお金がいったのと変わらぬ構造であり、残念ながら根本的な回復とは呼べない。

次に有料ストリーミング配信のSpotifyだ。

音楽大国のなかで最もSpotifyの強い国、イギリスの場合だ。2013年、英国民はSpotifyで74億再生した。この再生元はほとんどがプレイリストだ。Spotifyにあるアルバムは140万枚。その1000倍超となる15億のプレイリストがSpotifyには投稿され、利用されている(※5)。

理由は簡単だ。通して聴けるアルバムは希少で、人はそれを神アルバムと呼ぶ。対して、プレイリストは元々通しで聴けるよう、曲を選り好んで並べてある。聴取時間が平均で70分/日を超えるSpotifyで、プレイリストが好まれるのは自然なことだ。YouTubeの平均視聴時間は14分/日しかない。

最後に無料ストリーミング配信のYouTubeだ。

シングルに相当する音楽ビデオは、再生数2億超が190本(※6)。対して、「full album」で検索したところ、再生数が2000万回を超えるものは1本だけだ。1000万超なら3本、100万超なら376本だった。ただし無断投稿の「full album」は削除とイタチごっこのため、再生数が累積されにくい。

日本の動画共有ではアルバムよりも、「作業用BGM」が流行っている。様々な曲をまとめた「作業用BGM」は、Spotifyの無い日本流のプレイリスト文化と言える。

YouTubeで再生数が100万回を超える「アルバム」は2本しかないが、「作業用BGM」なら64本が100万回超えしている。どちらも無断投稿なので、日本の方が実態を把握しやすいといえる。

CDの時代は、アルバムの時代だった。ダウンロードの時代は、シングルの時代。ストリーミングの時代は、プレイリストの時代になろうとしている。

YouTube Music Keyの「アルバム曲、聴き放題」というフックが弱いのは、時代の流れと逆行しているからだ。その結果が「YouTubeの有料音楽サービスに入りたい人、7%」である。

なおMusic Keyもプレイリストを鋭意取り揃えているが、リッパーで落とした曲でプレイリストを作ればタダですむ。アルバムに隠れた佳曲に興味がない限り…。

※1 http://jp.techcrunch.com/2014/10/27/20141024apple-will-modify-beats-music-brand-to-death/
※2 http://www.midiaresearch.comhttps://s3-ap-northeast-1.amazonaws.com/migrate.musicman-net.com/view/unlocking-youtube-how-youtube-will-change-music-subscriptions.html
※3 http://www.musicman.co.jp/business/37508.html
※4 http://rainnews.com/10-thoughts-on-youtube-music-key/
※5 http://www.theguardian.com/music/2014/jul/29/album-music-format-streaming-playlists-extinction
※6 https://www.youtube.com/playlist?list=PLirAqAtl_h2r5g8xGajEwdXd3x1sZh8hC

 

 

フル尺を止め、リッパー・アプリを無くせば上手くいくのか?

 

Music Keyの課題は、日本にとって対岸の火事ではない。この国でも若年層にとってNo.1の音楽メディアはYouTubeだからだ。世界と同じく「移動中の33%」を機にリッパーが普及していると見て間違いない。

「YouTubeがあれば無料で聴けるのになぜLINE MUSICやAWAに入らないといけないの?」「シングルが聴ければ十分だし、アルバムはときどきTSUTAYAで借りてリッピングすればいい」

アンケートを取ればそう答えるだろう。対応策は、筆者が書くまでもないほどにシンプルだ。

<1> フル尺をやめる
<2> リッパー・アプリを無くしていく

これだけで「YouTubeのジレンマ」も弱まる。ただし前者はレーベルの覚悟、後者はGoogleの本気が求められる。

まずレーベル側の覚悟だが、ショートバージョンは再生数が下がる。YouTubeの再生数を競っている現在のソーシャルメディア・マーケティングでは、競争に不利となる。

また、「無料は1:30、有料はフル尺」というのはユーザーにも分かりやすいと思うが、一定数は怒り出すだろう。悪い無料は矯め、よい無料を育てる覚悟を決めねばならない。スマホ上でフル尺の音楽ビデオを活用できる代替メディア、例えばパーソナライズド音楽テレビも育てる必要が出てくるかもわからない。

次にGoogle側の本気だ。Google社の担当者が全力で折衝しているのは間違いない。個々の話ではなく、Androidの基本ポリシーやGoogleの組織文化について話そうとしている。

2002年、フレンドスターがSNSのブームに火をつけた頃、Googleの若きエンジニア、オーカット・ブユコクテンは有名な「20%ルール」を使って、SNSを創った。オーカットだ。

数ヶ月で100万ユーザーを超えたが、シュミットCEOたちはこれを放置。リソース不足に陥ったオーカットはフレンドスターの悲劇を繰り返すことになった。激重になったオーカットはフレンドスターの代替となることができず、かわりにfacebookへユーザーは流れていった。

Googleは千載一遇のチャンスを自ら捨てたのである。「友だちのおすすめは検索エンジンよりも役に立つ」というソーシャルメディア文化が、Googleの文化と離れていために起きた見落としだった。

Androidの父アンディ・ルビンは、サードパーティ・アプリの無かった初代iPhoneを見て、確信を持って自身の戦略を発表した。

GoogleはOSも公開するが、自由にアプリを売れる場所も設ける。iPhone誕生の前から練っていたこのオープン戦略でスマホ・アプリのエコシステムを作り、Macに対するWindowsの勝利を再現しようとしたのだ。

これに慌てたAppleの幹部たちは、反対するジョブズを説き伏せアプリ・ストアが始まった。Appleがアプリに検閲を入れるという条件で、ジョブズは部下たちの案を受け入れた。

Googleは、Androidアプリの売上手数料で稼ぐことすら止めた。手数料のほとんどを通信キャリアに渡すことでAndroid陣営を築き上げ、iPhone陣営を包囲したのである。かわりにGoogleは、Androidフォン経由で増加したモバイル検索の広告売上で稼げばよかった。

結局、GoogleにとってGoogle Playは広告モデルの補助だったのだ。Googleは有料コンテンツを柱にした経験は無いし、そのオープン戦略はApple流の検閲を嫌うがゆえに成功した。

Google自身が本気でリッパー・アプリを取り締まる姿がなかなか浮かばないのは、そのためである。

だがGoogleの担当者たちと共にここを乗り越えれば、コンテンツで稼ぐ文化がGoogleに誕生する。無料から有料への架け橋がGoogleの組織文化に誕生すれば、ミュージシャンを含めたコンテンツ・クリエーターにとって大きな救けとなることだろう。

いずれにせよ、たとえMusic Keyが駆け出しで転んだとしても、あっさり諦めてよい場合ではない。YouTubeのジレンマはYouTubeが矯めるに如くはない。

 

 

アルバムビジネスはいかにして崩壊したか

 

連載第55回 iTunesでアルバム崩壊、YouTubeでシングル無料化。かわりにプレイリストで稼ぐ方法を考えてみた

もう一つの課題、アルバム不人気の方だが、こちらはもっと根深い。歴史的なものだからだ。

30年代、無料で聴き放題のラジオが登場すると、有料のレコード産業は壊滅状態に陥った。ラジオでレコードをかけないようレコード産業は裁判を繰り返したが、戦時中の40年代、アメリカでレコードのオンエアが解禁された(第一巻一章)。

50年代、ラジオDJがインディー・ロックのシングルをオンエアするようになると、若年層が安価なシングルを買うようになった。シングルは安いため、売上からスタジオ費用を引くと儲けは残らなかったが、かわりにライブへ動員して収益を上げるビジネスモデルが確立した(第一巻二章)。

さらに60年代に入るとメジャーレーベルが、ロックでアルバムを売ることに挑戦。単なる曲の寄せ集めではなく、アルバムにストーリー性をもたせたことで成功に導いた。無料のラジオで広め、安価なシングルで囲い込んだ後、アルバムで収益を上げ、さらにライブで黒字を積み増すモデルが確立。レコード産業に黄金時代が再来した(第一巻三章)。

80年代に入るとCDが登場。収録時間がレコードの1.5倍になったことで、アルバムの収録曲数は1.5倍、そして売値も1.5倍に。20年代、シングルのまとめ売りから始まったアルバムビジネスは90年代、ピークに達した(第一巻六章)。

だが弊害として、捨て曲が増えてしまった。CDアルバムを買っても通しで聴くのがつらい。ほんとうは出来のいい3〜4曲だけを買いたいし、聴きたい。そんな潜在需要が醸成された。ここまでが書籍『未来は音楽が連れてくる』第一巻の流れだ。

90年末、ファイル共有の登場ですべてが崩壊した。アルバムにせよシングルにせよ、マスター音源の複製を売るビジネスモデルは技術的根拠を失ったのである(第二巻一章)。

00年代、この混乱に対し、答えを用意したのがスティーブ・ジョブズだった。

まとめ売りの価格では無料に対抗できない。無料に対向するにはマイクロペイメントしかない。だからダウンロード配信で曲をバラ売りし、シングルだけでも有料ビジネスを復興させるべきだと(第二巻五章)。

米メジャーレーベルはこれに同意し、iTunesミュージックストア以降、シングルが全盛の時代となったが、アルバムは崩壊したまま置かれ、売上は激減した(第二巻七章)。ここまでが書籍『未来は音楽が連れてくる』第二巻の流れだ。

00年代後半、動画共有の時代が始まる。音楽ビデオの生み出す広告売上、そしてプロモーションの主導権をMTVから取り返すべく、米メジャーレーベルは音楽ビデオをYouTubeに供給をはじめた(連載第51回)。

10年代に入ると、リスナーはYouTubeから事実上、無料でシングルをダウンロードできる時代になっていた。iTunesの努力は無効化された。シングルも無料に戻ってしまったのである。

日本などCD大国は、シングル売上を捨ててYouTubeの宣伝に使い、CDアルバムを買ってもらう戦略に集中していった。

だが捨て曲の増加で信用を損ない、iTunesのバラ売りで、まとめ買いのお得感も無くなったアルバムが落とし所というのは厳しかった。CD売上は往時の3分の1以下となった。どうすればいいだろうか?


▲サム・スミス『Money On My Mind』。昨年、ロードの『Royal』と並んで新しい音の象徴となった。アルバムのプロデュースを担当したフレイザー・T・スミスは「よいアルバムを創れば今も売れるが、今後、アルバムを創らないアーティストも出てくる」と予言した

「クソみたいなレコードを創らないことだ」

それが何よりの健全化だと、ドン・ウォズはWired誌に語った(※1)。かつてディランやストーンズの名盤を手がけた名プロデューサーは今、ブルーノートの社長となっている。

「かつてはレーベルがフィルターとして機能していた。ブルーノートが契約したアーティストということは、このレコードは買って聴くに値するのだと」

アイランド・レコードの創業者、クリス・ブラックウェルは映画『ダウンロード』でそう語っている(※2)。レーベルへの信頼と、アルバムへの信頼が直結していた時代は確かにあった。

今だって、よいアルバムを創ることに越したことはない。音楽ファンはいつだって名盤の誕生を心待ちにしている。世代もあるだろうが、何十度も聴き通せる神アルバムとの出会いは、筆者にとって宝石のように思える。

アルバムの密度を上げるには、相応のコストがかかる。納得行く作品が貯まるまでのレコーディング期間、マジックが起こるまで追い込むスタジオ費用、優れた作家・アレンジャーそしてプレイヤーを結集できるだけのギャランティ等々。

昨年亡くなった佐久間正英さんとの対談を思い出す。レコーディングはモノづくりだから本来、最高の職人を揃えて、手間暇をかけるべきだ。いい音作りは人件費、予算がかかるということだ(http://www.musicman.co.jphttps://www.musicman.co.jp/taxonomy/term/21746.html)。残念ながら音楽不況の昨今では、全員に許される世界ではない。

昨年11月、米ビルボードはアルバム・チャートの集計に歴史的な変更を加えた。CD、iTunes等に加え、YouTubeなどストリーミングの再生回数を反映することになった。アルバム内の曲が、1500回再生されたらCD一枚分に相当。これが新たなルールだ(※3)。

しかしストリーミングを加味しても、結局100万枚超えのプラチナムアルバムは、昨年1枚だけだった可能性が高い(※4)。テイラー・スウィフトの『1989』のみだ。先に説明したようにストリーミングの世界では、プレイリストで聴かれているので、アルバムの再生数はそこまで伸びない。

「例外を除けば、アルバムは絶滅に近づいていると見ていい」

BBCラジオで音楽部門を束ねるジョージ・アガトーディスは、ガーディアン紙にそう語った。

「プレイリストが後継者だ」と彼は続けた(※5)。だがプレイリストでなんであれ、リスナーひとりから1500回の再生数を稼ぐのは至難の技である。

iTunesでじぶんのお気に入り曲が、どれだけの再生数を稼いでいるかチェックしてみるとよい。直近に買ったアルバムで100回以上、再生された曲は何曲あったろうか?

「エド・シーラン、アデル、サム・スミス…。今でも、偉大なアルバムを創れば売れるのは間違いない」

プロデューサーのフレイザー・T・スミスは語る(※5)。昨年、名盤のほまれ高きサム・スミスのアルバム『In The Lonely Hour』を手がけた彼は、冷徹な意見を付け添えた。

「だが近い将来、アルバムを作れるアーティスト、作れないアーティストへ二極化されていくだろう。そして二度と戻ることはない」

※1 http://wired.jp/2013/07/06/don-was/
※2 Alex Winters (2013) “Downloaded”, FilmBuff, 22:00-24:00
※3 http://www.nytimes.com/2014/11/20/business/media/billboard-changing-the-charts-will-count-streaming-services-.html?_r=2&gwh=18E24439BA6402B7378B789AAEB49ACD&gwt=pay
※4 http://www.mtv.com/news/2030806/2014-most-underrated-albums/
※5 http://www.theguardian.com/music/2014/jul/29/album-music-format-streaming-playlists-extinction

 

 

ハイレゾ・プレイリスト。アルバム・ビジネスの代替

 

ときどき「ブロガーやジャーナリストを名乗っていた方が楽だったかもしれない」と失礼なことを考える。コンサルタントを名乗っていると問題提起の後、解決策の方も自分でアウトプットしてみせなければならない。

アルバム・ビジネスは回復しない。プレイリストで再生数を稼ぐのも困難だ。ではどうすればよいか。

技術ロードマップの現在を考えるなら、ハイレゾ・プレイリストが当面の答えと考えている。

定額制配信でお気に入りのプレイリストを見つけたら、ハイレゾでこれをまとめ買いする。プレイリスト文化の流れと合っているし、出会いのフェーズからリピートのフェーズへの移行、という流れも捉えている。

ハイレゾではアルバムの名盤がよく売れる。だが名盤は希少だから名盤なのであって、数に限りがある。そこでプレイリストだ。プレイリストなら無限に量産できる。Spotifyにあるプレイリストの数は、アルバムの約1000倍だ。

いわばアルバムの代わりに、ハイレゾ・プレイリストというコンピを大量に売っていく戦略である。その先には、何十度も聴ける音楽作りの復興が待っている。

そうすると、次の4つの課題が逆算されてくる。

1. 数あるプレイリストのうち、じぶんの趣味にピッタリ合っていること

自分に合ったプレイリストが見つからなければ、ハイレゾで買ってくれないだろう。これには、AIが一番効く。楽曲レコメンデーションに基づくパーソナライズド・ラジオだ。

この段階は「発見」のフェーズであるので、無料であることが望ましい。ラジオであるのでYouTubeのようにリピートする必要はない。「発見」のフェーズに求められるのはリピートではなく、選曲の精度だ。PandoraがiTunes Radio、Spotify Radioに優っている所以である。

2. プレイリストの質が高く、何十度も聴きたくなるものであること

定額制配信の最大の楽しみは、豊富なプレイリストだ。Beats MusicのようにプロフェッショナルなDJ、音楽評論家、あるいはアーティストがプレイリストを作っていると、ユーザー作成のみの場合よりも魅力的になる。何十度も聴きたくなる質の高いプレイリストが多いほど、ハイレゾでまとめ買いしたくなる機会は増えるだろう。

3. そのプレイリストをシェアできて、かつ無料のジレンマを最低限にできること

するとマーケティングは、プレイリストを広めることから始まるようになる。プレイリスト共有は、無料でのリピート再生を要求する。だがYouTubeのようにフル尺にすると無料ですべて済んでしまう。

シェアをして、無料から有料へのゲートウェイにするには1:30が望ましいだろう。逆に、無料とリピートがないと、有料メンバーの他に共有のしようがないので、無料から有料へ連れてくることができなくなる。

4. 定額制配信に、スマホの有料文化に合った課金メニューがあること

われわれCDで育った世代からすれば、月額980円で聴き放題は格安だが、スマホ世代は違う。まずは最も手軽な価格から、音楽にお金を払うすばらしさを体験してもらう必要がある。無料から有料へのゲートウェイは広き門であるほど望ましい。

ファイル共有で無料が席巻する中、iTunesミュージックストアはワンコインの手軽さで立ち上げに成功した。書籍2巻で述べたが、定額制もマイクロペイメントを入り口に設けた方が有料へのゲートウェイとして機能しやすくなる。

昨年初頭、レコード協会の講演でお話させていただいたとおり、100円で一日なのか、300円で時間制限なのか、そこらへんは各サービスが適切に決めていただければよいと思う。そこから月額980円へ段階的にアップセルしてゆけばよい。

連載第55回 iTunesでアルバム崩壊、YouTubeでシングル無料化。かわりにプレイリストで稼ぐ方法を考えてみた

以上をまとめたのが上の図だ。無料、定額、そして都度課金。このみっつがひとつにまとまっている方がユーザーフレンドリーだが、各サービスが協力しあってシームレスに連携しているならそれもよいだろう。

 この戦略のポイントは、ハイレゾ端末をCDプレイヤーのように全員に普及させなくても機能する点だ。毎月1枚CDを買っていたような、音楽のコア消費者層がマーケ対象となる。音楽のコア消費者層の割合だが、国内に適切なデータが無かったが英国だと17%だ(※1)。

※1 https://musicindustryblog.wordpress.com/2014/09/29/digital-ascendency-the-future-music-forum-keynote/

 幸いXperiaやGalaxyなどハイレゾ対応のスマホが増えている。iPhoneも昨年のモデルチェンジで48khz/24bitに対応した。スマホの買い替え毎に、ハイレゾ端末の普及率は上がっていくだろう。また、スマホのイヤフォンは定期的に壊れるので、買い替え需要でハイエンド・イヤフォンも好調だ。

 アーティスト・モデルなども奏功することになるだろう。ジョブズの連載で提唱してきた、ハード売上の一部をミュージシャンに還流できる仕組みも作れる[コア消費者層について加筆1.14]。

技術ロードマップが進めば別の答えも提示できるが、当面はこの図に近い形で、世界の音楽配信はリバランスされていきそうだ。

 

 

よい無料と悪い無料、よい有料と悪い有料

 

日本のレコード産業は「よい無料と悪い無料」「よい有料と悪い有料」の基準を追求すべき時期に来たと考えている。

プロモーションになるなら何でも無料で良いわけではない。ここ数年で身に沁みたのではないだろうか。無料から有料へのコンヴァージョン率が高いことが「良い無料」の条件だ。

同時に、有料ならなんでも良いわけでない。ライトファンのために手軽な入り口があること、コアファンから売上の積み増しができること。このふたつが「良い有料」の条件だ。よい無料とよい有料、ふたつ揃って初めて無料層が減り、有料層が増える。無料のYouTubeに最新シングルがあって、有料の定額制配信には無い…。こうした逆転現象だけは避けたい。有料から無料へ誘導しているようなものだからだ。

今年、レコード産業は勝負の年となる。世界はYouTube Music Keyによって。日本はLINE MUSIC、AWAなどの新サービスによって。共に最大のライバルは、フリーオンデマンドのYouTubeとなる。

定額制に本腰を入れたが、YouTubeにどうしても勝てない。そんなケースに出会ったら、上の図と「良い無料・良い有料」の話を思い出して下さると役に立つかと思う。

次回から歴史編に戻るが、もう少しで現在に追いつく。そこで連載は一区切りとなるので、今しばらくお付き合いいただければ幸いだ。

>>次の記事 【連載第56回 スティーブ・ジョブズが世界の音楽産業にもたらしたもの(9)〜Appleチルドレンと、Pandoraと、日本で進む音楽離れと[上]】

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著者プロフィール
榎本 幹朗(えのもと・みきろう)

 榎本幹朗

1974年、東京都生まれ。音楽配信の専門家。作家。京都精華大学講師。上智大学英文科中退。在学中からウェブ、映像の制作活動を続ける。2000年に音楽TV局スペースシャワーネットワークの子会社に入社し制作ディレクターに。ライブやフェスの同時送信を毎週手がけ、草創期から音楽ストリーミングの専門家となった。2003年ライブ時代を予見しチケット会社ぴあに移籍後、2005年YouTubeの登場とPandoraの人工知能に衝撃を受け独立。

2012年より『未来は音楽を連れてくる』を連載・刊行している。Spotify、Pandoraをドキュメンタリーとインフォグラフィックの技法を使って詳細に描き、 日本の音楽業界に新しいビジネスモデル、アクセスモデルを提示することになった。 音楽の産業史に詳しく、ラジオの登場でアメリカのレコード産業売上が25分の1になった歴史とインターネット登場時の類似点 や、ソニーやアップルが世界の音楽産業に与えた歴史的影響 を紹介し、経済界にも反響を得た。

寄稿先はYahoo!ニュース、Wired、文藝春秋、プレジデント、NewsPicksなど。取材協力は朝日新聞、Bloomberg、週刊ダイヤモンドなど。ゲスト出演はNHK、テレビ朝日、日本テレビなど。音楽配信、音楽レーベル、オーディオメーカー、広告代理店を顧客に持つコンサルタントとしても活動している 。

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