『marquee club(R) 65th anniversary EVERYONE WAS HERE. ~Immersive Rock History of marquee club~』 写真左から:中野良一氏、金子ヒロム氏、野口貴大氏
世界的に著名な芸術作品を映像コンテンツ化し、広大な屋内空間の壁面と床面すべてを埋め尽くす没入映像と特別な音響体験を提供する新感覚体験型アートエキシビジョン『Immersive Museum(イマーシブ・ミュージアム)』。「鑑賞する絵画から体験する絵画」を掲げ、これまで『印象派』と『ポスト印象派』をテーマに開催してきた『Immersive Museum』が新たに贈るのが『EVERYONE WAS HERE. ~Immersive Rock History of marquee club~』(以下、「Immersive Museum」×「marquee club(R)」)だ。
英国ロンドンにかつて存在した伝説的ライブハウス、マーキー・クラブの65周年特別企画となる今回の「Immersive Museum」×「marquee club(R)」は、マーキー・クラブとブリティッシュロックの歴史を、貴重な映像と写真に加え、inter fmの協力の下、人気ラジオパーソナリティ、ガイ・ペリマン氏と、マーキー・クラブ日本代理店B Music Entertainment LLC代表で音楽評論家の金子ヒロム氏による音声解説とともに振り返る7部構成60分のコンテンツになっている。
9月22日からの開催に先駆け、9月15日に行なわれた内覧会では、高さ6メートルの壁に映し出されるローリング・ストーンズ、ザ・フー、ジミ・ヘンドリックスら、かつてマーキー・クラブのステージに立ったアーティストの演奏シーンやライブのポスターおよびフライヤーを、アートエキシビジョンにはある意味似つかわしくない爆音に圧倒されながら、内覧会参加者が食い入るように見つめる姿が印象的だった。
内覧会終了後、SPICEは『Immersive Museum』のエグゼクティブプロデューサー・野口貴大氏、クリエイティブディレクターの中野良一氏、そして内覧会のトークコーナーで「Immersive Museum」×「marquee club(R)」の見どころを語った金子氏にインタビューを行い「Immersive Museum」×「marquee club(R)」制作の裏話や『印象派』『ポスト印象派』との違い、さらには『Immersive Museum』の今後の展望についても話を訊いた。3人の言葉から、わくわくしながら今回のコンテンツ作りを進めていたことを感じ取っていただきたい。そして『Immersive Museum』会場で、新感覚の没入と発見を体験してほしい。
――まずは本日の内覧会の手応えから聞かせていただけますか?
野口:今回は、アートコンテンツと違って、ビジュアルや映像素材に制限がある中で、どれだけ来場者の方に楽しんでもらえるかというチャレンジでした。内覧会に来ていただいたみなさんの反応を見ると、しっかりと作れているのかなという手応えがありました。
金子:最初、『Immersive Museum』の没入型の展示というものを、本国のマーキー・クラブに提案したとき、没入型の展示って何なんだ? と理解してもらえなくて、なかなか大変だったんです。でも、内覧会で見ていただいたものを本国に送ったら、「こういうことだったのか!」と一発で理解してくれて、「これを360度、映し出すのか。すごい!」と絶賛してくれたんですよ。
――百聞は一見に如かずだった、と。
金子:実は、「次はどうするんだ?」っていうことも言ってきているんですよ(笑)。これだけのことができるんだったら、このバンドでもできないか、あのバンドでもできないかと、具体的なバンド名は出せないんですけど、かなりのビッグネームをいくつも提案されていて。野口さんにも今初めてお伝えするんですけど(笑)。
■単なる没入ではなく、博物館や美術展に行った時のように何か新しい情報を得る・記憶が呼び起こされる“ミュージアム”っぽさ
――わくわくするお話ですね。中野さんはご自身が制作された展示をご覧になっていかがでしたか?
中野:作った本人が出来栄えについて語るって、なかなか難しいところはあるんですけど、今回、作るにあたって、単なる没入ではなくて、ミュージアムっぽさを意識したんです。博物館や美術展に行った時のように何か新しい情報を得るとか、自分の記憶がいろいろ呼び起こされるとか、そういうことができたらいいと思っていたんですよ。そういう意味では、マーキー・クラブの貴重な写真に加え、金子さんの解説があることで、どちらかと言うと、映像的だったこれまでの『Immersive Museum』に、新たにミュージアムっぽさを足せたのかな。そこが今回の見どころの一つだと思います。だってローリング・ストーンズが偶然、マーキー・クラブのステージに立つことになったきっかけなんて、ロックが好きな人でもあまり知らないじゃないですか。マーキー・クラブはそういうエピソードの宝庫なので、そこを注目して楽しんでいただきたいです。
『Immersive Museum』エグゼクティブプロデューサー:野口貴大氏
――『印象派』『ポスト印象派』と開催してきた『Immersive Museum』のオーディエンスの幅を広げるという意図の下、今回、絵画からいったん離れて、音楽をテーマに選んだのではないかと想像したのですが。なぜ絵画から音楽なのか、それもなぜマーキー・クラブだったのでしょうか?
野口:『Immersive Museum』の主軸は、あくまでもアートだと考えているのですが、『Immersive Museum』のために作った空間の中で、アートだけに限定しない、もっといろいろなコンテンツが楽しめると、構想段階から思っていました。音楽はもちろん、アニメ、映画、ゲーム、本当にいろいろな領域で、没入型の新しい楽しみ方ができると考えています。中でも音楽領域は絶対『Immersive Museum』に合う。そもそも『Immersive Museum』は音響にこだわったスピーカーの配置をしているので、あの壮大な空間に加え、この音響システムがあれば、新しいエンターテインメントが届けられると思います。その後、音楽領域でも幅広くしっかり展開していきたいとなったとき、マーキー・クラブが今年65周年という話を聞き、当時の様子を『Immersive Museum』で再現すると素敵な空間が作れるのではないかと思い、金子さんに相談したんです。
――野口さんはマーキー・クラブに出演していた60年代~70年代のロックアーティストに馴染みはあったのでしょうか?
野口:正直あまりなかったのですが、今回いろいろ勉強しておもしろいと思いました。今回、コンテンツを作る上では、中野さんも言っていたようにミュージアム要素と言うか、「知って楽しい」というところが大事だと考えていました。『印象派』『ポスト印象派』でも、そこはかなり意識していて。たとえゴッホを知らなくても、作品名を知らなくても楽しめるというのが『Immersive Museum』の良さだと考えているので、今回の「Immersive Museum」×「marquee club(R)」も、それこそローリング・ストーンズを知らないような人でも楽しめる要素は入れることを重視しました。
――そのストーンズをはじめ、かつてマーキー・クラブに出演していた往年のブリティッシュロックのアーティストをリアルタイムで聴いていた世代はもちろん、彼らを知らない若い人達にも来てほしいと、内覧会で金子さんはおっしゃっていました。あの時代のアーティストを歴史上、あるいは伝説上の存在と捉えている若い世代に、彼らはどんな訴えかけができると考えていますか?
金子:ザ・フーが「マイ・ジェネレーション」を演奏している映像がありますけど、最後はギターのチューニングが狂ったまま演奏しているんですよ(笑)。今の若い子達からしたらきっと「何あれ!?」ってなりますよね。ジミ・ヘンドリックスも歯でギターを弾いちゃっている。それを見たら、「どうしてそんなことしているんだろう!?」って思いますよ、きっと。若い子達にとっては、そういう発見があるんじゃないかと私は思っています。60~70年代のブリティッシュロックの凄さを十分わかっているリアルタイム世代よりも、むしろ若い人達にこそ来てほしいという気持ちはあります。きっと若い人達ならウィキペディアで調べれば、大体のことはわかると思うんですよ。でも、文字で読むのと、実際、目で見るのとは全然違いますからね。
――確かに。60年代、70年代の映像はYouTubeでも見ることはできますけど、今日、大画面で見て、迫力が全然違うと思いました。
金子:「おぉっ!」となりますよね。
中野:僕は自分の父親が聴いてましたから、小さい頃からストーンズとか、ザ・フーとか聴いてましたけど、今の若い人達ってコンテンツに触れるとき、そもそも時代ってあまり意識しないと思うんですよ。
――確かに、そうかもしれないですね。
「Immersive Museum」×「marquee club(R)」クリエイティブディレクター:中野良一氏
■ラジオ番組を『Immersive Museum』にしたらどうなのか? という発想の転換。トークに合わせてマーキー・クラブの貴重な映像や写真を見せていく
――さっきおっしゃっていたように、ミュージアム要素の強いコンテンツだけに。
中野:そうですね。金子さんの解説を聴いて、マーキー・クラブのステージで繰り広げられていたのは、時代を壊そうと言うか、新しいことをやろうとしてきた連続だったんだと思いました。そこで一番大事なのは、結局、それでどういう音楽やメロディが生まれたのか。そして、それが単純にかっこいいと思えるものだったのかどうかだと思うんですけど、時代を超えて、アーティストが目指すものはいつも同じなんだと感じました。
金子:今の若い人達ってヒップホップも聴けば、ガレージロックもフラットに聴くんですよね。なおかつ、J-POPも聴くし、アイドルも聴くし。全部一緒なんですよ。だったら、絶対、「何だ、これ!?」ってインパクトを感じてもらえると思うんですよね。「ドラムをあんなふうに叩いた人がいたんだ! すげえ!」って。
中野:キース・ムーン(ザ・フー)ですね。めっちゃかっこいいですよね。
金子:目はぶっトンでるけど、ドラミングは意外と正確だな、みたいな(笑)。そういうところをぜひ見てもらいたいというのはありますよ。今回、これを見て、同じようなことをやってみたいとか、バンドをやってみたいと思う子達がいたらすごくうれしいです。
野口:それはいいですね。新しく興味を持っていただくきっかけになればうれしいです。
――野口さんはどんな魅力があると?
野口:「EVERYONE WAS HERE」というキャッチフレーズは、中野さんが考えたものなんですけど、とてもいいなと思ったのは、不思議とこの場所(マーキー・クラブ)に宿る力みたいなものがあったんだということでした。マーキー・クラブの出演アーティストのリストを見ると、この時代のロックに詳しくない僕でも知っている名前がいっぱい載っているんです。ここには、どんな力があったんだろう? って思いますよね。そこがおもしろい。当時、マーキー・クラブが音楽の発信拠点になっていたということを、今回、知ることができて、僕はそういう視点でおもしろかったです。
――本国のマーキー・クラブはもちろん、レコード会社、フォトグラファー、通信社の協力で、貴重な写真や映像がかなり集まったとは言え、そもそもが古いものですから、この規模の展示を作る上では苦労されたところもあったのではないでしょうか?
中野:はい。苦労しかなかったです(笑)。いや、制限があるのは当たり前で、別に苦とは思わなかったですけど。今回、inter fmさんに協力していただけたのは、本当によかったと思います。今回のコンテンツを作る上で、普通はライブ映像を360度、イマーシブな空間に映し出すことを考えると思うんですよ。それが物理的に難しいとなって、じゃあ、どうやってイマーシブの良さを出していくのか考えた時に、元々、音楽って音だけのメディアだったし、音だけのメディアであるラジオも音だけにもかかわらず、30分とか60分とか聴けるものじゃないですか。それをヒントにしたというのが大きくて。ラジオ番組を『Immersive Museum』にしたらどうなのかという発想に変えたんです。僕らがラジオを聴いていた世代だからというのもあるんですけど、野口君に相談したら、inter fmさんを協力先として見つけてきてくれて。それが今回一番大きかった。ラジオ番組のトークに合わせて、マーキー・クラブの貴重な映像や写真を見せていくというコンテンツに作り替えていったんです。
■コアなファンが気づいたときの歓び、はじめて出会い、“発見”した歓び
――マーキー・クラブで開催されたライブのポスターがたくさん見られるパートがあるじゃないですか。その中にザ・フーのポスターをパロディ化したジェネレーションXのポスターがあって。その向かい側に元ネタになったザ・フーのポスターがあったのですが、普通なら横並びにすると思うんですよ。それを敢えて向かい合わせにしたのは、どういう狙いからだったのですか?
中野:見つける歓びもあると思うんですよ。美術館って、お客さんが自ら発見する歓びや、知る歓びがあるんです。ただ、それを知ったからどうだっていうのはあるじゃないですか。ジェネレーションXがザ・フーをパロッているというのは、ロックに詳しい人じゃないと、発見としては価値がない。それを考えると、誰でもわかるような配置にするよりは、コアなファンが――コアなファンって探すじゃないですか。360度、どんなポスターがあるんだろう? って。そんな視点で配置を考えました。
――他にもそういう仕掛けはあるんですか?
中野:いっぱいあります。金子さんもおっしゃっていましたけど、フライヤーの一枚一枚がそういうネタの宝庫なので。
――内覧会でもストーンズのポスターに書かれている連絡先がミック、キース、ブライアン・ジョーンズが共同生活していたアパートの住所だったというエピソードを話されていましたね。
金子:実は、あのポスターのパートはめっちゃ情報が多いんですよ。だから、中野さんがおっしゃっていたように見つける歓びがたくさんあると思います。
――このバンドとこのバンドが対バンしていたんだ、みたいな。
金子:見つけたらおもしろいと思いますよ。発見と言えば、スモール・フェイセスが演奏している映像も使っているんですけど。
――ありましたね。
金子:音は流れないんですけど、演奏しているのはオリジナルでもカバーでもなくて、アドリブのセッションなんです。それを客が唖然としながら見ているっていう映像なんです。
――そんな秘蔵映像もあるわけですね。
金子:あの映像の出元は、(スモール・フェイセス~フェイセス~ザ・フーのドラマーだった)ケニー・ジョーンズなんです。
――え、そうなんですか。
金子:ケニー・ジョーンズは現在のマーキー・クラブのライセンスオーナー(創業者ハロルド・ペンドルトンの息子)と仲が良くて、オーナーが言えばケニーは「いいよいいよ」って言ってもらえるみたいで(笑)。
――ところで、『Immersive Museum』は音響にもこだわっているとおっしゃっていましたが、『印象派』『ポスト印象派』と今回、音響システムは変えているんですか?
野口:音響システムは変えていないです。大きい空間なので、元々、どの場所にいても遅延なく聴こえるようにスピーカーを配置しているんです。
――ドラムの音がでかいと思いました。
金子:ドラムもそうだけど、ザ・フーのジョン・エントウィッスルのベース・ソロ、凄い音がしてましたね。
――びっくりするくらい歪んでいました。
中野:今回、『印象派』『ポスト印象派』よりもベースの音量をちょっと上げているんですよ。
――だからなのか、ライブハウスの音がすると思いながら聴いていました。
中野:それはうれしいですね。多少割れてもいいやと思いながら上げたんですけど、ギリギリを攻めてみました(笑)。
金子:ロックですからね。それぐらいやらないと(笑)。
――Z世代の若者に見に来てほしいというお話も出ましたが、改めてどんな人に見に来て欲しいですか?
中野:そうですね。世代を問わず、音楽が好きな人には来ていただきたいです。もちろん、ブリティッシュロックに詳しい人は楽しんでいただけると思うんですけど、音楽が好きな人が偶然、自分の知らないものに出会うってなかなか難しいじゃないですか。ネットでは自分の好きなものに似ているものがレコメンドされるから。そうすると自分の趣味の延長線上でないと、新しい音楽に出会えない。だから、本屋に行くのと一緒で。本屋に行くと、半ば強制的に自分が知らないものに触れる機会になる。それは結果、自分の趣味、嗜好が広がるチャンスだと思うんですよね。本が好きだったら本屋に行けっていうのと一緒で、音楽が好きだったら、リアルな音楽ライブ、フェス、こういうイベントに来てもらうと、強制的に自分の知らないものや、自分の趣味じゃないものに触れるチャンスになると思うんですよ。それって音楽生活が豊かになることなので、音楽が好きならぜひ来ていただきたい。趣味、世界が広がる、そういうコンテンツに溢れていると思います。
――野口さんにお聞きしたいのですが、「鑑賞する絵画から体験する絵画へ」という『Immersive Museum』の提案は、どの程度認知されたと感じられていますか?
野口:おかげ様で、認知度が全国規模になってきていると思います。今年、福岡と大阪でも開催して、来年、静岡もやるんですけど、地方にもどんどんファンが増えているんですよ。まだ発表していない地域とも話をしていたりとか、海外からも話が来ているので、認知度、期待はどんどん上がっていると思います。加えて、「Immersive Museum」×「marquee club(R)」をやることによって、アート以外にもこんな見せ方ができるんだって気づいてもらえるとも思っています。2024年はアート以外のコンテンツでも大きく展開したいので、パートナーをこれから見つけていきたいと思います。
中野:付け加えてもいいですか? 『Immersive Museum』の立ち上げを野口君から聞いたとき、没入っていうことももちろんなんですけど、コンテンツの敷居を下げることが、たぶん『Immersive Museum』のミッションでもあると思ったんです。
野口:そう思います。
中野:美術館って敷居が高いじゃないですか。騒いじゃいけないし、僕、子供がいるんですけど、子供と一緒に行けないし。でも、『Immersive Museum』は何をやってもいいわけじゃないけど、美術館ほど気を遣わずにアートに触れられる。その意味でコンテンツの敷居を下げたと思うんです。今回の音楽もそうで、ライブハウスにいきなり行くって敷居が高いじゃないですか。金子さんみたいに詳しい人の隣になったらどうしようとか(笑)、『Immersive Museum』ってそんなことを気にせずに自由に楽しめると言うか、ラクに楽しめるすごくいい空間だと思うんです。そこにはものすごく可能性があって、どんなコンテンツでも初めて飛び込む時って勇気が要ると思うんですけど、『Immersive Museum』には勇気は要らない。そこからアートにハマったり、ロックにハマったり、これからやるいろいろなコンテンツがあると思うんですけど、その入り口になったら、そのコンテンツも盛り上がる。そういうふうに野口君に育てていっていただければと思っています。
野口:元々いまの会社を志望したのが、一人でも多くの方に、小さな幸せであったり、何かのきっかけを与えられる仕事をしたいという理由でした。Immersive Museumを開催することができて少しずつ叶えられているので、これからもどんどん拡大していきたいと思います!
取材・文=山口智男 撮影=大橋祐希