スティーブ・ジョブズが世界の音楽産業にもたらしたもの(9)〜Appleチルドレンと、Pandoraと、日本で進む音楽離れと[下]「未来は音楽が連れてくる」連載第57回 

コラム 未来は音楽が連れてくる

歴史を動かすのはテクノロジーなのか、ビジョナリーなのか
 

▲Pandora誕生のきっかけとなったエイミー・マンの『How I am different』。彼女がゲフィン・レコードと契約更新できず、この曲の入ったアルバムをインディーズでネット販売せざるを得なくなったという記事に触れたとき、ウェスターグレンはミュージックゲノムプロジェクトを着想した

「社会変革をもたらす本当の力は、テクノロジーだ。政治でもビジネスでもない」

Naspter、FacebookそしてSpotifyで幹部を歴任してきたショーン・パーカーはそう語った。だが音楽産業100年の物語を書き連ねてきて、歴史を動かす真犯人が独り技術のみとは、筆者には感じられなくなっている(※1)。

かつてジョブズは職業を問われ、「ビジョナリーってやつだ」と答えた。

彼がパロアルト研究所を訪れるまで、GUIの技術が世界に羽ばたくことは無かった。マッキントッシュの登場を機に、コンピュータは研究者の手から離れ、誰もが親しめるものになった。今では老若男女の手のひらの上にあるが、それがコンピュータと気づかぬ人も少なくない。

先に触れた協調フィルタリングもまた、パロアルト研究所の片隅で生まれ、埋もれた技術になろうとしていた。しかしベゾスのAmazonと出会うと、人工知能はみずからを悟られること無く人びとの買い物生活を助けるようになり、その存在を日常に溶け込ませていった。

コンピュータの話をトランジスタ誕生の時代まで遡ると、妙な具合だが、日本と音楽のことに話がかわる。トランジスタで最初に人類の生活を変えたのは、決してシリコンバレーではなかった。

太平洋戦争の終戦から間もない頃、それは米ベル研究所で発明された。そして民生化の道を見いだせずにいた。民草には役立たずに見えたこの電子部品を使って、携帯できるほどラジオを小型化してやろうと思い立ったのが東通工の井深大だった。

ラジオから鳴る音楽を、誰もがどこにでも携帯できるようにする。それがビジョナリー井深大の描いた人類の未来図だった(第一巻三章)。携帯トランジスタ・ラジオの世界進出を機に、井深の経営する東通工はSonyと名を変えた。

アメリカの少年少女がSonyの携帯ラジオを得ると、世界は変わり始めた。親の居座る居間では聴けなかったロックンロールは、子供部屋でリスナーを得た。そしてポピュラー音楽全盛の時代が始まり、今あるレコード産業の形が出来上がっていったのである(第一巻二章)。

GUIとスティーブ・ジョブズ。協調フィルタリングとジェフ・ベゾス。そしてトランジスタと井深大。技術とビジョナリー、知と魂。どちらが世界を変えるのだろうか。あるいは両者が出会った刻なのかもしれない。

ミュージックゲノムプロジェクトのコンテンツ解析も、オークランドの小さなオフィスで飛翔の機を待っていた。しかしこの技術に必要だった出会いは、独りのヴィジョナリーとだけではなかった。

ミュージシャンの未来像を描く、創業者のティム・ウェスターグレン。ユーザーインターフェースを描く、CTOのトム・コンラッド。そしてビジネスモデルを描く、新しきCEOジョー・ケネディ。三人の情熱が、ひとつのテクノロジーを円心にして重なりあった時、歯車は動いた。

※1 http://www.vanityfair.com/culture/2010/10/sean-parker-201010

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【本章の続き】
■SpotifyもYouTubeも敵わない。最強の音楽サービスが着想された瞬間
■フォーカス。大砲を打つ前に銃撃で照準を合わせる
■Appleチルドレン、音楽でGUIの先へ
■音楽離れへの解、Pandora
■アーティストとリスナーを結びつけるということ
■Pandoraのミッシングリンク。ジョブズの手紙

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