連載「未来は音楽が連れてくる」【特別対談2】 アメリカはSpotifyではなくPandoraとiTunesで回復

コラム 未来は音楽が連れてくる

今年6月からスタートした榎本幹朗氏の連載企画『未来は音楽が連れてくる』が、Spotifyの章を終えたことを受け、筆者である榎本氏と、株式会社リアルロックス代表であり、400組超のアーティストの作品を世界中にディストリビュートする青木高貴氏、Musicman-NETを代表して、エフ・ビー・コミュニケーションズ株式会社 屋代卓也氏、株式会社マグネット 山浦正彦氏が参加した特別座談会が開かれた。連載が始まってからの読者・業界関係者の反応や、榎本氏が連載を通して伝えたかった深意、さらに今後の展開などが語られた。

榎本 幹朗
榎本 幹朗(えのもと・みきろう)
1974年 東京都生
上智大学英文科出身。大学在学中から映像、音楽、ウェブのクリエイターとして仕事を開始。2000年、スペースシャワーTVとJ-Wave, FM802、ZIP-FM, North Wave, cross fmが連動した音楽ポータル「ビートリップ」にて、クロスメディア型のライブ・ストリーミング番組などを企画・制作。2003年、ぴあ社に入社。モバイル・メディアのプロデューサーを経て独立。現在は、エンタメ系の新規事業開発やメディア系のコンサルティングを中心に活動中。
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青木 高貴
青木 高貴(あおき・たかよし) 株式会社リアルロックス代表
学生時代に出会った木根尚登、宇都宮隆がプロデビューを目指し結成したロックバンド「スピードウェイ」のマネージャーとなる。その後、小室哲哉が参加し「TM NETWORK」を結成。1984年にEPICソニーからデビューした彼らを、マネージャーとして陰で支えた。「TM NETWORK」解散後は、宇都宮隆、木根尚登、葛城哲哉のソロデビュー、浅倉大介のユニットaccessなどを手掛ける。1996年、木根尚登、宇都宮隆の独立を機に、葛城哲哉、浅倉大介とともに株式会社リアルロックスを設立。その後、TM Revolution、岡村靖幸、宮本浩次、馬場一嘉などのプロデュースやマネジメントを手掛ける。2009年、iTunes Storeとパートナーレーベル契約を締結。現在は音楽ストリーミングステーション「MUMIX.net」を運営し、400組超のアーティストの作品を世界中にディストリビュートしている。
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日本の音楽業界に起きた情報鎖国

青木:レコード会社の上層部にもたくさん知人がいるのでいろいろ聞いてみるんですが、ほとんどその種のことに関しては知らないのか隠してるのか?というぐらい皆要領を得ないんですよね。

榎本:音楽放送の将来ってレーベルにとっても大事な課題なんですけどね。

青木:ちょっと大げさかもしれませんが、聞きたくもない、知りたくもないっていう雰囲気ですよ。

榎本:僕、連載してて「こんな情報どっから取ってきたの?」ってよく言われるんですよ。「よく知ってるね」って。ひどいときは「情報操作してるんだろう」って。でも僕が記事に載せてる情報ってbillboard.bizとかguardianとか、インターネットのニュースにぜんぶ載ってるんですよ(一同笑)

青木:英語で全部オープンになってる情報ですよね。

榎本:で、3分の1ぐらいはIFPI(国際レコード産業連盟)とかBPI(イギリスレコード協会)、RIAA(アメリカレコード協会)のレポートから取ってきてて。でもそういうのって業界じゃ基礎情報のはずですよね。でも、そこから取ってきて掲載すると「えー!?そうなの!?」みたいな反応が返ってきて。僕は「ちょっと待って下さいよ」と(笑)。

少なくもIFPIが出しているようなレポートは日本でも共有して欲しいなと。なんで日本語になってないのかなと、いま僕もびっくりしてる状態です。

ーー国内のセミナー等でIFPIのレポートがテキストに使われてるとか、そういう話はないのですか?

榎本:エイベックス・ミュージック・パブリッシングの谷口さんみたいな国際派の方が、講演の資料に使われてるのは、拝見してます。IFPIのレポートを見てると、SpotifyとかPandoraの話ってふつうに出てくるんですよ。いまスウェーデンはSpotifyで調子がいいぞとか、アメリカはPandoraとiTunesががんばってるぞとか。

「マイナス成長してる物理売上のシェアを減らして、急成長してるストリーミング売上のシェアを伸ばすのがレコード産業復活の鍵」ってSpotifyの章でまとめましたが、これ、僕独自の過激な意見じゃなくて、イギリスだったらBBCの記事に載ってるような話なんです。それが全く日本に伝わってきてないというのは…。

青木:一番よくないのは、IPで日本からのアクセスを遮断されてるじゃないですか? SpotifyもPandoraも。We7やgroovesharkくらいがなんとかアクセスできるぐらいで。あとはVPN等を使ってアクセスしないとだめだし、VPNでアクセスできたとしても、「グリーンカードの番号を入れてください」とか、アラートが次から次へと表示されて嫌になっちゃう。こうした遮断が始まる前に、もっとみんなに見てもらえば早かったと思うんですよ。IPの遮断で鎖国みたいになったかなと。

ーーそうですね。

青木:アクセスを遮断している理由は、ライセンス契約の維持を目論む海外レーベルの意向でしょうね。

榎本:海外の客に聴かせると、広告モデルが成り立たないというのもありますけど、そうかもしれません。

青木:世界で一番高いライセンス料を払ってくれる国との契約を維持したいと思うのは当然でしょうね。まさに、鎖国です。音楽業界の人たちが実体験できる環境なら理解も進むんだろうけど。

ーー日本の音楽業界じゃ皆がリアルな体験をしてないまま話が進んじゃったって事ですね。

青木:そうです。そこなんです。

榎本:だから今、エージェントさんはレコードメーカーのIPだけでも開けてもらって、社内からは体験できるように進めてるそうで。レコードメーカーの社内に出島をつくってるような話です。

 

音楽フェスとストリーミング

青木:それって、テレビ番組をFacebookで共有するという話題に通じてくるんです。最近、放送業界がSNSとの距離を近くして、SNSを使って新たな時代に入るみたいな情報を出してるじゃないですか? SNSにアップされるユーザーのコメントだけ共有してるだけなのに。番組のオリジナル映像をそのまま共有できない限り、ヨーロッパやアメリカみたいにはならない。

榎本:欧米の放送だと映像もネットに解放してますね。

青木:ところが日本じゃ映像は共有させないで、自分たちに都合のいいコメントだけ。

ーー放送局がコメントを選んで載せてるわけですね?

青木:あくまでも「テレビを見て、感じたことをばんばん書いてね」っていう話しで、「ばんばん書いてくれたらそれをまとめるからね。まとめてまたみんなに見せてあげるから。で、また感動したりいいなと思ったらまたテレビ見てね」っていう。

もう、なんなのこれって(笑)。だけどヨーロッパもアメリカもそういうことで、今やSNS発のオリンピックが行われてるとか言われてるわけですよ。

NHKはがんばって18番組くらいストリーミングをやっているんですけど、それだって全部網羅してない。カヌーはあるけどボートがないとか、しかもオンデマンドがない。ライブばっかりでしょ?

榎本:アメリカのコーチェラ・フェスがライブ映像をネットに全部流したじゃないですか。「日本の音楽をどう世界に出そうか」って話題、よく出てきますけど、フジロックやサマソニをネットでライブストリーミングして、洋楽の大物バンドの合間に、アジカンやサカナクションみたいな日本のバンドの中継がスポスポッて入ってきたらそれだけで、日本の音楽を世界に告知できると思いますよ。だから、流してあげればいいと思うんですけど(笑)

青木:番組自体を共有できちゃえばいいわけじゃないですか?日本人の大好きなタイムラインも、あってもいいけど、基本的にはタイムシフトですよ。24時間いつでもじゃないと「こんないいイベントがあったんだ」と思ってぱっと見ても終わってたんじゃ意味ないじゃないですか。だからそのどっちも含めて直に共有できればいいんですよね。

榎本:ニコニコ動画のように、画面の上にコメントをかぶせるのは、本来、音楽ビデオにはあまり合ってないですけど、ニコニコのおかげで、タイムシフトであっても時間を共有するカルチャーは、日本ではもう出来あがりました。そういうのを上手く使っていけば世界に伝わると思うんですよね。

青木:そうですね。だから誰が見てるかわからないようなテレビなんかは当てにしてないんだから、どんどんインターネットをやってほしいわけですよ。出演者としては全然、賛成だと思う。そのほうが有り難い。でも、高い放映権料をもらえない限りライセンスしないとか…

ーーフジロックもネットは無い?

榎本:本格的なのはないですね。

ーーネットで中継したら見に来る客が減ってしまうのではないかと心配してるからなんでしょうか?

榎本:コーチェラ・フェスみたいに、海外に配信する分には特に差し支えないはずなんですけどね。

ーー国内はともかくね。逆に海外に流したら、海外、特にアジアから見に来てくれる人が増える可能性もありますよね。

榎本:そうです。

ーーちょっともったいないですよね。あれだけのアーティストが集まってるんですから。

青木:世界中のサッカーの試合って、リアルタイムでヨーロッパの最高峰の試合からメキシコリーグに至るまで、全部ライブストリーミングやってるんですよ。

ーーそこにいかなきゃダメですよね。

青木:(音楽も)そこにできる限り近づきたいものですね。

 

違法ダウンロード刑罰化からSpotify待望論へ

ーーレコード業界から榎本さんに建設的な意見が来たというのはありますか?

榎本:えーと…。

ーーなかったですか?

榎本:なかったというより、会社の名前を背負っちゃうと口がモゴモゴなっちゃうというか(笑)。Spotifyを個人的に使ってて大好きな方が多いし、「こういうかっこいいのをやってもらわないと今のモバイルみたいになっちゃうから」とオフレコではおっしゃっても、やっぱり会議室なんかでは。例えば、とあるメジャーでデジタル配信と違法ダウンロード対策を担当してる方は、Spotifyを待望してましたけど、他の部署の事情を考えると明言できない様子でした。

ーーう〜ん(笑)。音楽ファンがMusicman-netの連載をそんなに読んでくれているってのは、私たちもツイッターで初めて知ったんですけど、一般の方々はSpotifyにほぼ好意的ですか?

榎本:好意的というか、「はやくSpotifyを使わせてくれ」って感じですね。

ーーこの連載でSpotifyについて、初めて知った方というのも多かったわけですよね?

榎本:はい。違法ダウンロードが刑罰化して、「かわりになるものは何なの?合法の代替サービスは何になるの?」っていう興味が社会的に高まっていたというのが大きいと思います。

ーーリスナーは首を長くして待っている状態ですね。

榎本:はい。アーティスト側の方も、「Spotifyが、日本の音楽業界の閉塞感を変えるきっかけになってほしい」という感じのようです。日本の音楽を海外に出そうとしているサウンドプロデューサーの方も何人か、会いに来て下さいました。

ーー音楽業界人の反応がいまいちなんですね?

榎本:「会いたい」と言って要らした方は、数的には少なかったです。放送業界の方のコンタクトはいちばん早かったですね。「アメリカでPandora RadioやiHeartRadioが席巻してていずれ日本もこうなるから、早く手をつけて主導権を取らなきゃ」という最初のインタビューの話は、放送業界の方にはピンと来たようです。この執筆自体、スペシャの案納さん(Musicman’s Relay 第98回)の薦めから始まりました。

ーー崩壊がもう少し行き着くところまで行かない限り、日本のレコード産業は動かないのかもしれません。

榎本:連載第17回で紹介したんですが、フランスが日本の状況とよく似ていて、ちょっと先を進んだ感じなんです。もともとモバイルとCDの売上シェアが高くて、違法ダウンロードの罰則化を2009年にHADOPI法という名で施行しました。売上は全体的にはやっぱり下がってます。だけど、このSpotifyを代表としたストリーミング売上が急成長してて、iTunesなどのダウンロード売上も安定成長してます。これを使って、将来をシミュレーションしたのがこのグラフです。つまり、日本はフランスから、この水色の部分(ストリーミング売上)を除いた状態で推移することになります。

もう一つは、連載第16回で紹介したスウェーデンの事例です。総売上が前年比+30%、急成長するSpotifyの売上が、CDの売上を超えたことでこの急回復は実現しました。日本のレコード産業はここ数年厳しいでしょうが、海外の事例を見てシフトしていくと予想してます。

 

アメリカはSpotifyではなく、PandoraとiTunesで回復

フランスのレコード産業

青木:僕はiTunesの計算書を毎日見ているじゃないですか。だから、ヨーロッパではiTunesが苦戦していることを数字ですぐ分かりました。でもアメリカではSpotifyでも相手にならないじゃんというくらいに、iTunesが全然伸びているんです。日本もそうなんですけど。

榎本:日本はモバイルが調子を崩した分が、iTunesにまわってますね。

青木:だから僕はいろんな記事をみたときに、いつも自分の計算書と比べるんですよ(笑)。すごいリアルじゃないですか。それで大体分かっていたんですけど、この例えばフランスとスウェーデンって規模的に言って、イギリスまで入れても良いんですけど、日本とアメリカとだとどれくらいパイが違うんですかね?

榎本:去年が、アメリカ約44億ドル、日本41億ドル、イギリス14億ドル、フランス10億ドル、スウェーデンが1.6億ドルですね(※IFPI)。

青木:EU全部合わせても日本くらいですよね? CDはアメリカより日本の方が上ですけど、全部入れたらアメリカの方が上でしょう? 1位アメリカで、2位日本で、EU全部合わせてやっと日本を超えるくらいですよ。

米レコード産業の売上トレンド

榎本:そのアメリカなんですが、去年の売上はトントンだったんですが、よく見ると面白いことが起こってたんです。物理の売上がマイナス2億3,500万ドルで、デジタル売上は青木さんのおっしゃるようにアメリカはiTunesの調子がよくて、1億9,000万ドルのプラスだったんです。Spotifyは上陸してほとんど経ってないのでまだ影響薄いです。で、物理とデジタルの差し引き4,000万ぐらい辻褄が合ってないですよね。iTunesだけじゃ足りなかった。で、何が埋め合わせたかというと、パフォーミングライツ売上のプラス4,100万ドルなんです。

パフォーミングライツ売上というのは地上波テレビとか衛星ラジオで音楽流したときに支払う楽曲使用料です。でもテレビや衛星ラジオがそんなに急に音楽をいっぱい流したわけがないですよね。インターネット放送が払う楽曲使用料がすごく伸びたって事です。要するにPandora。このオレンジの部分がPandoraなんです。

ーーAppleは、Pandoraのことは敵視して無くて、むしろ一緒にやっていこうとしてるんですか?

青木:この前、Appleが六本木ヒルズにiTunesのディストリビューターを集めてカンファレンスをやったんで出席したんですが、Pandoraのロゴがスライドにボーンと出るんですよ! でも、Spotifyなんて言葉にもしない。

ーーAppleは、「Pandoraで聴いて、iTunesで買ってね」ということなんでしょうかね?

榎本:アメリカはそれが成り立っちゃってるっぽいなと。つまりSpotifyのようなフリーミアム配信が普及してなくても、Pandora Radioがフリーメディアになって、有料のiTunesと合わさって社会的なフリーミアムモデルが成り立って、それが回復を牽引してるんです。IFPIのレポを分析して一番びっくりしたのがそれでした。


著者プロフィール
榎本 幹朗(えのもと・みきろう)

 榎本幹朗

1974年、東京都生まれ。音楽配信の専門家。作家。京都精華大学講師。上智大学英文科中退。在学中からウェブ、映像の制作活動を続ける。2000年に音楽TV局スペースシャワーネットワークの子会社に入社し制作ディレクターに。ライブやフェスの同時送信を毎週手がけ、草創期から音楽ストリーミングの専門家となった。2003年ライブ時代を予見しチケット会社ぴあに移籍後、2005年YouTubeの登場とPandoraの人工知能に衝撃を受け独立。

2012年より『未来は音楽を連れてくる』を連載・刊行している。Spotify、Pandoraをドキュメンタリーとインフォグラフィックの技法を使って詳細に描き、 日本の音楽業界に新しいビジネスモデル、アクセスモデルを提示することになった。 音楽の産業史に詳しく、ラジオの登場でアメリカのレコード産業売上が25分の1になった歴史とインターネット登場時の類似点 や、ソニーやアップルが世界の音楽産業に与えた歴史的影響 を紹介し、経済界にも反響を得た。

寄稿先はYahoo!ニュース、Wired、文藝春秋、プレジデント、NewsPicksなど。取材協力は朝日新聞、Bloomberg、週刊ダイヤモンドなど。ゲスト出演はNHK、テレビ朝日、日本テレビなど。音楽配信、音楽レーベル、オーディオメーカー、広告代理店を顧客に持つコンサルタントとしても活動している 。

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