中島みゆき 最新作「相聞」アナログ盤発売、制作秘話を語った本人インタビュー公開

アーティスト

中島みゆき「相聞」

中島みゆきの最新アルバム「相聞」のアナログレコード(LP盤)が、昨年11月22日に発売されたCDに続いて、数量限定で発売を開始した。

「相聞」は中島みゆきにとって通算42枚目のオリジナル・フルアルバム。同アルバムは「慕情のためのアルバムですよ。『慕情』の言葉を変えると『相聞』。恋心ということですね」と中島本人が語るように、ドラマ「やすらぎの郷」主題歌となった「慕情」を中心として生まれたアルバム。

聴き手を霧の中に引き込むようなイントロが印象的な「秘密の花園」、60’Sのアメリカンポップスアレンジが印象的な恋歌「移動性低気圧」、いじらしい女性の歌「ねこちぐら」、“響き合う波を探して”と歌う「アリア-Air-」、願が強い方が叶うんですかと大人に突きつける「希(ねが)い」など、アルバムの最後を飾る「慕情」まで聴き手を飽きさせることのない楽曲が詰まっている。

アナログレコード化においては、レコード・カッティングの巨匠・JVCマスタリングセンターの小鐵徹の立会いの元、DSD、PCMの両方の音源マスターの聴き比べを行いDSDを選択。

マスタリングでは小鐵による繊細かつ豊かな音で中島みゆきの歌声を再現。レコードならではの小さい音から大きい音へのダイナミズムの中に、繊細な歌のニュアンスを堪能出来る作品に仕上がっている。

また、ジャケットはアナログレコードならではのA式ダブル(見開き)ジャケット仕様で、CDとは違った迫力ある写真も楽しめる。さらには2枚組の重量盤(180g)仕様となっており、中島みゆきファンに留まらず、アナログファンにも手にとって欲しい1枚だ。

今回、アナログレコードの発売に合わせて、中島みゆきが難産の末に生まれた「慕情」を含め全10曲に込めた想い、制作秘話を語った今作唯一の本人インタビューが特設ページ他で公開された。
 


――「慕情」のレコーディングは去年の夜会VOL.19「橋の下のアルカディア」が終わってすぐだったという話を聞きましたけど。そんなに早かったんですか。

中島:うん、すぐだった。そうでなきゃ間に合わないでしょ。あれでもギリギリまで引っ張ってましたから。「夜会」の間中、「早くください」「もっと早くなりませんか」と言われていて。それは無理ですと言ってあの時期になった。「夜会」の後なので私もコーラスさんも声なんかスッカスカ。すいません、20回は歌えませ〜ん。NG出しても19回まででーす、という状態(笑)。

――そんなに何度も。

中島:だってうまく行かなかったらそうなるかもよ。

――どなたもそう思われるでしょうけど「相聞」は「慕情」があって生まれたアルバムという印象ですね。

中島:中心ですね。慕情のためのアルバムですよ。「慕情」の言葉を変えると「相聞」。恋心ということですね。だからってさすがにアルバムタイトルも「慕情」じゃ混乱するねと、ちょっと変えただけね。

――主題歌になったドラマ「やすらぎの郷」は、どういう話の始まりだったんでしょう。

中島:話自体はいつだ、もう分からなくなってる(笑)。去年の春には台本をもらってるものね。話を聞いた時にこれは台本を全部読んでからじゃないとダメだなと。あんまり身勝手に書かないで、とにかく台本を読んでからやろう。覚えるまで読む。誰々の台詞と言われても自分でやれるくらいまで読んでから書こうと。

――台詞まで覚える。そこまで読み込むんですか。

中島:そういう意味では難産と言えば難産よね。時間はかかりましたね。だって全回分の曲を渡したら、後はどの回のどの場面で使われるかはお任せということになりますから。誰が出ている場面でも流れるということになると全部の内容を理解してないといけないでしょ、そこにものすごく時間がかかった。

――前作の「組曲(Suite)」から二年空いたということでいつもより余裕があったかと思ったんですが、とんでもないですね。

中島:そう、とんでもないよ(笑)。余裕はない。時間はない。というか「慕情」だけで一年は経ってしまった。アルバムも入れると2年か。「慕情」と言ってるだけで2年過ぎちゃったということかな。だって最終話まで全部台本があるというのはあまりないよね。それ、全部読んでみ、髪の毛、抜けるから(笑)。

――台本、全部あったんですか!

中島:倉本さんの勢いはすごかったです。次々と送られてくる。よくこんなに早く書けますねって言ったら、早く書かないと僕、死んじゃうかもって。書き終わらないうちに死んじゃったら皆に迷惑かけるからって。いつ何が起こるか分からない、ということも含めて実にリアル、身につまされるドラマでしたね。

――瀬尾さんとお話しする機会があったんですが、レコーデイングに入る前に全曲が曲順通りに揃っていたそうですね。

中島:あらそう、いつもあるよ(笑)。ないと分からないってご自分で言っておいて。ねぇ(笑)。歌詞にしてもそうよ。最初は一番だけでもあればいいからデモを録ろうと言っておいて、いざとなるとどこに間奏が入るかとか、フルサイズでどのくらいの長さなのとか、歌詞も全部読まないと分からないって言うからね、おらァ全部書いて渡すのさ(笑)。

――ということは去年のクリスマスに「慕情」を録った時には全曲の曲順まで出来上がっていた。

中島:そりゃもう(笑)。「慕情」を書き始める時には、この曲を中心にしたアルバムになるだろうから、どんな曲を持ってこようかなと考えてないとね。二年前か。「夜会」をやる時にはもう書き終わってないと、ねえ(笑)。

――これも瀬尾さんの話で知ったんですが、レコーデイングの時にアレンジを初めて聴かれるんだそうですね。じゃ、次はこれですって、スタジオで一緒に聴く。

中島:いつもそうですよ。そういう意味では初見のレコーデイングだね。瀬尾さんもそれが楽しみみたいで。聴いて驚けよ、っていう感じ。じゃ、最初は歌なしでミュージシャンだけで行きますからってんで、初めて聴かされるのね。こっちは呆然として聴いているわけでしょ。その時に振り返った瀬尾さんの顔は見ものですよ。「どないや」感よね(笑)。「そこ、転調したでしょ」「そこ増やしたでしょ」「うん、増やした」みたいな火花が散る(笑)。だから面白いと言えば面白いですよ。たまに大外れもなくはないの。こっち的には大外れでもやってみたら面白いとかね。バクチのようなレコーデイングね(笑)。

――そういう思いがけないアレンジとか演奏があって歌えた曲というのもあるんでしょうし。

中島:やってみないとわかんないもんだよ。ミュージシャンにつられて歌えちゃうというのはあるんだねぇ。一人でギター弾き語りで歌っている時に出なくてもミュージシャンにつられて“ヤホ〜”とかって歌ってると違うのね。「アリア-Air-」なんかもまだ声が死んでてカスカスの時にデモを録ったから瀬尾さん、心配してたんだ。半音下げなくて大丈夫かって。「直るんじゃないの」って放置して本番になったら出たからね。

――そういう全体の流れが出来上がっていたからこそ生まれたのが一曲目の「秘密の花園」でしょうね。このイントロから歌の入り方はインパクトがありますね。

中島:不思議感ね。歌詞に合わせてこういうイメージになったと言ってましたね。私が、拍子にないところで歌うからねと言った時に師匠はお喜びになりました(笑)。でも、すっごく気持ち悪いレコーデイングでした。

――気持ち悪い、ですか(笑)。

中島:気持ち悪くしたかったのね。カウントに合わせて歌ったんじゃ音楽学校で歌ってるみたいになるから、カウントに合わないところで歌うんで皆はそのまま弾いててねって。彼らは一生懸命弾いてるんだけど、こっちは全然関係ないところで歌う。全然合わないところで歌うんだから、こっちもミュージシャンも気持ち悪い(笑)。

――それがこの曲の不気味さにもなってますね。

中島:頭から数えると絶対に合わないですからね。それが一曲目。気持ち悪いアルバムでしょ(笑)。だって道に迷っている歌ですよ。霧の中で迷っている感じにしないとねえ(笑)。問題はこれをコンサートではどうすんだ。全員、道に迷っちゃってサビに行けないの(笑)。

――迷っている人はマンハッタンにもいるというのが三曲目ですね(笑)。「マンハッタン ナイト ライン」。創作期間中に行かれたのかと思いましたが、そういう歌ではないんでしょうね。

中島:何度も仕事で行ってますからね。今回のために行ったということはないです。

――「やすらぎの郷」がそうだったこともあるんでしょうけど、ラブソングの主人公が熟年という印象だったんです。「人生の素人(しろうと)」の中の“いつか旅立つ日”という一節にしても単なる旅立ちという感じじゃないですもんね。

中島:英文に訳してもらう時に“いつか旅立つ”というのをどう表現してもらうか話し合いましたよ。いつか旅立つ、どこへ旅立つ。行って帰る旅なのか、戻ってくる旅なのか戻ってこない旅なのか、みたいなやりとりを何度も。

――“departure”となってます。出発。

中島:“Journey”に行こうとか、そういう問題じゃないんですよね。「人生の素人(しろうと)」も「慕情」とどっちを使うか分からないということで出した曲ですね。イメージもあるだろうし、倉本さん決めてと。どこで使っても大丈夫な意味あいになってる。かかった場面、すごかったですけど、ここかいって思った。

――全部見たわけではないんで、と言い訳です。

中島:是非、見てください。12月にDVD-BOXの1回目が出るらしい。まとめて出すと高くなるからでしょ。クリスマスプレゼント、お年玉、バレンタインプレゼントもあるか(笑)。

――アレンジということでは「移動性低気圧」の意外性でしょうか。詞を見た時にはこういうアレンジとは思いませんでした。60‘Sのアメリカンポップス。ウォールオブサウンド。

中島:ちょっとホッとするでしょ。ワシらの恋歌ですから。今時の恋歌だとヒップホップみたいな音もてんこ盛りでメール用語とかも一杯出てくるんでしょうけど、ワシらの世代の恋歌ですからね(笑)。

――瀬尾さん、快心の一曲。

中島:怪心、じゃないでしょうね(笑)。

――「秘密の花園」と一変した二曲目の「小春日和」。「アメリカンポップスの次の「月の夜に」はどこか和風で密やか。このふり幅がアルバムの面白さでしょうね。

中島:上がり下がりということで言うと私、飽きっぽいんだね。「移動性低気圧」みたいなのを10曲も続けられない。一曲で良いんじゃない〜みたいになる(笑)。「月の夜に」みたいな情景の見えるのは瀬尾さん得意だし。今、月はどこにあるのかって説明するもん。前方にあって下に海が広がっていて、そこに道が映ってる、見えた?とか(笑)。

――お主にはこの情景が見えぬのか(笑)。

中島:つるっと聞いていると気づかないでしょうけど、ミュージシャンは心臓がバクバクだった曲ですよ。奇数小節、偶数小節が入れ替わり入れ替わりしてるんで、誰かが置いて行かれると大変なことになる。数えるのに必死なレコーデイングでした。

――情景どころじゃないですね(笑)。

中島:これもちょっと不思議感があるのはそこだと思いますよ。ノリだけで演奏できない。デモテープを録る時、キーボードの信吾さんが「プログレだあ〜」ってケバ立ってた。そんなに難しく聴こえないんですけどね。

――内容は不倫のようにも思えましたが。

中島:え、そう?そう?そうか、“元の生活”というのが女房との生活と取れたんだね。これは“私”と出会う前の生活ということですね。私なんかと出会わなきゃ良かったのにね、私を知らぬ人になる。家出する時に、私を忘れてください、と言って去るわけです。

――すみません、読解力不足。もっといじらしい女性の歌でした(笑)。「ねこちぐら」は、相手のいる恋愛でありながらちょっと違いますね。歌もどこかあどけない。

中島:こっちはそこに次の猫がいちゃうんですね。違いますね。大人のアルバムと言いながら、この歌ですもんね。鉄板焼きをお出しする前に酢の物をお出しするみたいな感じでしょうね(笑)。この前には天ぷらもあったんで続けるとくどいかなという箸休めね(笑)。

――「アリア-Air-」は鉄板焼きですか(笑)。平原さんのアルバム「LOVE」で聞いた時に、ご自分で歌われるんだろうかと思いましたけど。あの時にはもうお決めになってたんでしょうか。

中島:この先何年も経ってからじゃ忘れてしまうだろうから、早目に入れておこうとは思いましたね。歌の内容は合わないことないし。でも彼女ほどの音域はないからちょっとずるして直したけど(笑)。あんな声、出ないよ。瀬尾さんは平原さんのを録った時、もうこっちのアレンジを考えてたよ。こっちで録る時にはもうちょっとシンプルにするからって。「あ、ビンボーにするってことね」(笑)。

――テーマは「歌とは何か」という大命題でしょうし。「ララバイSINGER」を思い浮かべましたけど、更に深く踏み込んでますもんね。核心を歌ってる。

中島:彼女のはあの歌い方のすごみが出たんでしょうけど、ワシが歌う時は二律背反、アンビバレンツなつもりで歌ってます。「アリア」って独唱でしょ。オペラなんかでも一人だけで歌うパートですよね。二人で歌うパートがあったり4人で歌ったりコーラスがあったりする中で一人で歌うのがアリア、ソロ―パートですよ。それでいて“一人では歌えない”と言ってるというこの二律背反。そういうつもりで歌ってます。何のためにアリアを歌ってるんだ、ということですよね。

――一人で歌うパートなのに“一人では歌えない”と言っている。まさに相反する。二律背反、核心ですね。

中島:アリアをキチっと歌えるのはどこかで自分のアリアを歌っている人と出会った時でしょう。受け合うのね。受け合った時に波が生まれる。それが「相聞」ですよ。そのために歌わなきゃだめだ。それぞれの「アリア」が共鳴した時に人と人の関係が生まれる。それが「相聞」。聴かせっぱなしじゃだめなんです。

――独唱なんだけれど自分だけのために歌うのではない。響き合う相手の歌と共鳴するために自分の歌をうたう。

中島:だから“響き合う波を探して”と歌ってるの。響き合うために相手もアリアを歌ってなければダメ。それぞれが自分のアリアを精一杯歌って響き合う。それが「相聞」だと思う。一人で歌っていることが目的だったら誰もいない野原で歌ってればいい。人前で歌っている必要はない。孤独という闇から自由になりたいがために歌うんだったら、出会う歌をキチンと探す、ということなんですね。

――ということは、「アリア-Air-」が出来た時には「相聞」というタイトルは決まってたということですか。

中島:そういうことを日本語に置き換えると「相聞」だなと思っただけね。日本には昔からこういう言葉があるじゃん。ほらほら、もうすでにあるんですよ、みたいな気分で付けたんですね。日本の古典には、何だもうここで言われてる、みたいなことが結構ありますもん。敵いませんね(笑)。

――「アリア-Air-」が鉄板焼きだとしたら「希(ねが)い」は何でしょう。

中島:闇鍋が出てきちゃった(笑)。この曲は前の方には持っていけないからね。今回、アナログ盤もあるんです。二枚組。両開き。贅沢でしょ(笑)。皿にする時、どこで切るか悩んだ悩んだ。二枚組ですからABCDと面が四つあるわけでしょ。入れようと思えば3曲も4曲も入りますけど、二枚目のB面は「希(ねが)い」と「慕情」だけなんです。何も入ってない面もあるの。最後は「慕情」でやすらいで頂こうということで、その前に闇鍋を(笑)。

――「希(ねが)い」と「慕情」を聞いた時に、こんなに「無私」なアルバムがあっただろうかと。

中島:あら、そう(笑)。そうね、そう言えば、あれちょうだいこれちょうだいって言ってないな(笑)。

――劇的な曲の展開とストレートな言葉。三連のリズムが醸し出す緊張感。「希(ねが)い」は涙ぐみそうでした。

中島:ミュージシャンも必死でした(笑)。最初はもっと平和に弾いてた。アレンジはもっと平和で美しかったの。もっと切羽詰まってください、ということでミュージシャンそれぞれが自分を追い込んだ中で出てきた演奏がこれですね。そういう詞ですし。ちょっと社会的な意味のところもあるので。反感を買うかもしれないという曲ですね。

――反感を買いますか。

中島:“強く希えば叶うだなんて 子供に嘘はいけませんね”。強く願えば叶うと子供に教えますよね。そうですか、と大人に訊きたいね。強い方が叶うんですか。そうなのね。それって突き詰めればどういう考えに行くのかなと。

――どんなアルバムになるのだろうと思った中に、一昨年のツアー「一会」の後だ、ということがあったんです。ひょっとしてあの時の選曲のようにリアルなものになるのかとも。その予測は外れましたけど、「秘密の花園」と「希(ねが)い」には、そういう要素もあるように思いましたよ。

中島:集約するという意味ではね。鍋は〆、ですから(笑)。で、鍋の後にデザート。大盛デザート(笑)。

――胃の薬も入ってますね(笑)。

中島:やすらぎパフェ、胃薬トッピング(笑)。

――それにしても「希(ねが)い」の“私のすべての未来を引き替えに”もそうですし「慕情」の“ただあなたに尽くしたい”にしても、こんなに犠牲的なみゆきさんを聴くのは初めてじゃないでしょうか。

中島:それは倉本マジックでしょう。倉本さんは自分の中にない絵空事では書かないからね。あの人は自分の骨を削って書きますから。自分の骨を削ったペンでお書きになる。そういう人に嘘はつけませんからね。私も嘘は書いてないよ。倉本さんに嘘はつけない。真剣で来る者には真剣で返さないと失礼よね。

――「慕情」の“もいちどはじめから”は、みゆきさんがずっと歌ってきている「転生」でしょうし。でも、ここまで突き詰めて歌ってしまって、この後、何を歌うんだろうとも思いました。瀬尾さんは「まだまだ何が出てくるか分からないよ」と言われてましたけど。

中島:どうなんでしょう。成仏しちゃったりしてね(笑)。ここまで歌わせたのは倉本さんでしょうね、今回に関して言うと。

インタビューワー:田家秀樹

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