書籍『なぜアーティストは生きづらいのか?』発売記念 手島将彦インタビュー

インタビュー スペシャルインタビュー

手島将彦氏

専門学校ミューズ音楽院・新人開発室室長である手島将彦氏と、精神科医師 本田秀夫氏が、アーティストの“個性的すぎる才能”を活かす術を紹介する書籍『なぜアーティストは生きづらいのか? 個性的すぎる才能の活かし方』を4月20日に発売した。発達障害などの特性を抱えたアーティストたちの考え方や対処方法にフォーカスした本書の出版を記念して、手島将彦氏にお話を伺った。

2016年4月27日掲載

PROFILE
手島将彦(てしま・まさひこ)
鹿児島県出身。出生地は大分県日田市。早稲田大学第一文学部東洋哲学専修卒。ミュージシャンとして数作品発表後、音楽事務所にて音楽制作、マネジメント・スタッフを経て、専門学校ミューズ音楽院・新人開発室、ミュージック・ビジネス専攻講師を担当。多数のアーティスト輩出に関わる。保育士資格保持者でもある。

  1. 大人の発達障害は現場でも、数年前から問題として挙がっていた
  2. 音楽学校での経験が加わることで、見えてきたこと
  3. 周りにいる人たちが理解することで、丸く収まることは多いはず
  4. 最終的には、みんなが「生きづらくない状況」になる
  5. 「音楽」自体の価値を上げていくのは、アーティスト以外にはあり得ない

 

大人の発達障害は現場でも、数年前から問題として挙がっていた

——『なぜアーティストは生きづらいのか? 個性的すぎる才能の活かし方』は書名にこそ謳っていませんが、ミュージシャンと発達障害という、今まであまりセットで語られることのなかった2つのことが、それぞれの専門家による対談として語られているのがとても斬新ですね。ミューズ音楽院の新人開発室室長である手島さんにとって、発達障害は身近なテーマだったのでしょうか?

手島:妻が幼稚園の先生なのですが、幼児教育の現場では発達障害などのことがよく話題に出ていて、その話を聞くうちに自然に、知識としては頭の中にあったんです。それで音楽業界のことを考えてみると、「わがまま」といわれるミュージシャンってたくさんいるわけです(笑)。でも、それが本当にいわゆる「わがまま」なのかどうかの判断に迷うことは、前からしょっちゅうあって……。「どうも、本人としては筋が通ってるっぽいぞ」「何か理由があるのでは?」という感じを受けることが、多かったんですね。

——いわゆる「わがまま」というのは、「やりたい放題」ということですね。でも、そこに何らかのロジックがあればそれは、「わがまま」ではなく「考え方の違い」ということになるわけですね。発達障害の人たちは、その違いを他人に説明するのが不得手なだけで……。

手島:そういうことは個人的にも勉強をしていましたし、発達障害に対する考え方や対処法は教育関係者向けの研修でも教わったりしていたんです。幼児だけではなく、大人の発達障害は高等教育の現場でも数年前から問題として挙がっていて……。結構有名な大学でも、成績は良いから入学してくるけど、コミュニケーションなどに問題があるので、学業や学校生活、就職活動などに支障をきたすというケースが多く報告されるようになっていて、「じゃあどうしましょう?」みたいなテーマが、あったりはしたんです。だからいろいろ知識はあったのですが、それがすぐにアーティストやミュージシャンというものとガチッと結びついたわけではなかったんですね。

——そこが結びついたきっかけは、何だったのでしょう?

手島:実は、特に何かのきっかけがあったわけではなく、「あっ!」と思っただけなんです。「そういえば……」って。そうすると、ちょっと分からないなと思っていたことが、全部腑に落ちるようになった(笑)。本でも紹介した例ですけど、「どうしてあいつは時間を守れないのか」「コミュニケーションがどうもちょっとかみあわない」、そういったいろんなことが、結びついてきた。しかもちょうど本田先生が書かれた本(『自閉症スペクトラム 10人に1人が抱える「生きづらさ」の正体』)とも出会い、全部がつながったという感じなんです。

書籍『なぜアーティストは生きづらいのか? 個性的すぎる才能の活かし方』
書籍『なぜアーティストは生きづらいのか? 個性的すぎる才能の活かし方』

 

音楽学校での経験が加わることで、見えてきたこと

手島将彦氏

——手島さんは現在、ミューズ音楽院の新人開発室室長として、音楽業界へ新人を送り込むお仕事をされていますよね? また、それ以前はもともとバンドマンで、その後にマネージメントの経験もされているわけですが、そういった経歴をお持ちだからこそ、アーティスト寄りなだけでもなく、既存の音楽業界寄りなだけでもない、非常にフラットな姿勢が『なぜアーティストは生きづらいのか?』を貫いていると思いました。

手島:たぶんほとんどの人がそういう体験をすると思うのですが、自分がアーティストをやっていたときは、スタッフの発言を聞いていても「何か釈然としないな」「納得がいかないな」ということがあるわけです(笑)。これはインディーズであれメジャーであれ、たぶんどちらもあまり変わらないと思います。一方で裏方の方に回ると、周りのスタッフは結構アーティストに振り回されていて、「あいつはわがままだ」「ビジネスを分かっていない」みたいな悪口をよく言っている(笑)。まずは、そこに違和感があったんですよね。

——アーティストの気持ちも分かるし、マネージメントサイドの考えも分かる、ということですね。

手島:それもありますし、アーティストの言っていることがそれほど「わがまま」には感じられなかったということもあります。その辺は、ちょっと僕も鈍いところがあったのかもしれませんが(笑)。そして最後に音楽学校での経験が加わることで、見えてきたことはすごく多かったと思います。まずは好むと好まざるとにかかわらず、毎年若い人が入ってきます。しかも彼らは音楽学校を選んでいるわけで、世の中からしたら「ちょっと特殊な選択」をしている人たちの集まりなんですね。そして、そんな彼らを育成するということは、インディーズレーベルやメジャーレーベルとはまた違った視点が必要になってきます。

——それは具体的には、どういった視点ですか?

手島:レーベルの人たちは「売れそうなもの」に声をかけるわけですけど、僕らが付き合っているのは、さらにその前の段階の人なんです。そこで、ミュージシャンを見る目が変わったなというのはあります。まだ形にも何にもなっていない人たちですから、メジャー視点から見たら「ああ、もう全然ダメだよ」ってなる。だけど、ちょっとひっかかるところがあるアーティストにアドバイスをしていくことで、大きくなって、声をかけられるようになっていく。実際にそういうアーティストがいっぱいいるわけで、見る対象が違うというのも、たぶん今回の書籍につながっているのかもしれないです。

——人を見る時の価値観が多様になったという感じでしょうか。

手島:上手い下手は別にして、何か引っかかるところがある人を気にするようになった面はあると思います。何かひっかかる人……上手くはないけどやたらガムシャラだとか、いろいろあるじゃないですか? そういうことを気にするようになったんですね。だから学校でいろいろな人を見るようになったというのは、大きいかもしれないですね。

 

周りにいる人たちが理解することで、丸く収まることは多いはず

——本書に所収の高階經啓さんのコラムによると、手島さん主催で本田秀夫さんの公開講座/イベントが2回開催され、それがきっかけで書籍を作るという話になったようですね。

手島:高階さんとはあるお仕事で知り合ったのですが、「同級生の本田先生が発達障害の本を書いた」とFacebookに投稿されていて、ちょっと読んでみたら、これが非常に分かりやすかったんですね。ちょうどミューズ音楽院でもそういったことを取り上げたいなと考えていた時期だったので、高階さんに本田先生を紹介していただきました。それで、2013年の6月に公開講座という形を採って、音楽学校なんだけれども自閉症スペクトラムについてのお話をしていただくことが実現したんです。この時は僕は登壇しないで、本田先生と高階さんの対談というスタイルでした。

——本田先生の『自閉症スペクトラム 10人に1人が抱える「生きづらさ」の正体』の発売が2013年3月ですから、素早いリアクションですね。

手島:まあ単純に、「音楽学校みたいなところでは、おそらくそういうタイプの方が比較的多いだろう」という思いがあって開催したんです。それで思ったのは、当事者や当事者のご家族は、自閉症スペクトラムや発達障害全般に関してどんどん詳しくなっていくんですよね。これは、当然といえば当然ですけれど。でも実際のところは、その周りにいる人たちが自閉症スペクトラムや発達障害を理解することで、丸く収まることは多いはずなんです。圧倒的多数である周りの方が知らないから、当事者の方が大変ということですね。であれば、当事者ではない方に広めたいなという思いがあって、YEBISU MUSIC WEEKENDという「ライブ、トーク、プレゼンで音楽を楽しむ×知る×考えるエンタメフェス」で、トークイベントを企画しました。自閉症スペクトラムの方やそのご家族などが集まるような場ではない、アウェイな場であえてトークイベントを行なえば、全然知らなかった方にも知識として入っていくだろう。そういう思いがあって、すごく特殊なテーマだったとは思いますが、主催者側にも理解をしていただいて開催できたんですね。この時は僕も登壇して、本田先生、高階さんと3人でお話をしました。

 

最終的には、みんなが「生きづらくない状況」になる

——『個性的すぎる才能とつきあう方法〜精神科医が明かす、才能育成・マネジメント法〜』というタイトルが冠されたこのセッションは、参加者も多かったですし、レポート記事も多く読まれましたね。

手島:ある程度反響があるとは思っていたんです。みんな発達障害や自閉症スペクトラムという考え方を知らないだけで、知れば思い当たるフシがあるだろうって。特にエンターテインメントに携わっている人たちは、自分も他人も含めて、「あ、ちょっとこれは思い当たる」というところがあるはずなので、多少は反応があるだろうなとは思っていました。でも、「思ったよりもあったな」という感じですね(笑)。

——どんな反響がありました?

手島:当然、疑問や質問もいろいろいただきました。ただ、僕は医者ではありませんから、あんまり突っ込んだところの返答はできていません。逆に言うと、そもそもすぐ答えが出るようなことではないし、答えも1つではないと思うんですね。何らかの特性が強い人と違う特性の人が上手くやっていくのは、たぶん組み合わせがいくつもあるはずです。だから、この人とこの人の場合はこういうやり方が上手くいくだろう。だけど、あの人とあの人だったらたぶんまた違うやり方がある。そうやって、ずっと考え続けていくことになると思うんです。ただ、「そういう特性の人がいる」ということを知らないと、考え方そのものがずれていってしまうじゃないですか? だから、イベントや本書をきっかけにして、「どうやると上手くいくのかな?」というのを、みんなが考えるきっかけになればいいかなと考えています。

——結局、本人というよりは周りの方が変わらないといけないし、対処しないといけない。

手島:そうなんだとは思います。ただ、1回慣れてしまえばお互いが気にならなくなる、ということがあるんだと思います。例えば、ライターの話なんですが、ライターは第一次世界大戦で片手を負傷したり失ってしまったりした人が多く生まれてしまって、その人たちはマッチをうまくつかえなくなってしまったんですね。そこで、片手でも簡単に使えるようにデザインされたライターが開発されるんですが、それは両手を自由に動かせる人にとっても便利なものであったわけです。それこそ、ユニバーサルデザインというものです。だから一度、「ああ、こうすればいいんだ」ということが分かれば、みんなが幸せになる。それは社会全体でなくても、あるグループの範囲内でも良いはずです。だから、ずっとどっちかが我慢をして、貧乏くじを引き続けるみたいなイメージではないんですよね。

——周囲が、我慢を押し付けられるわけではない。

手島:「周囲の協力が」という話をすると、周りの人が我慢をして……とか、そういうちょっとネガティブな方向に解釈されがちです。だけど最終的には、どっちにも便利になるはずですから。みんなにとって過ごしやすい、それこそ「生きづらくない状況」になるはずなんです。

 

「音楽」自体の価値を上げていくのは、アーティスト以外にはあり得ない

——音楽業界がそのような多様性に富んだ社会になることで、ミュージシャンの才能も潰されず、良い楽曲が生まれてくるというのが、本書の大きなテーマでもあります。

手島:発達障害の話を置いておくとしても、まずはアーティストがいて、曲がないと、どれだけ立派なシステムがあったとしても、「売るものがない」という状況になりますから……。であれば、アーティストや作品を大切にするというか、より良い環境にもっていくのが最優先事項なんだと思います。特に最近思うのは、ストリーミングサービスが一般的になってくるのだとすれば、あれは特定のアーティストや楽曲にお金を払うのではなく、「音楽」にお金を払うシステムですから、「音楽」自体に魅力がなければだれもお金を払わないことになります。「音楽」自体がかっこいいとか、お金を払いたいという気持ちに、まずはさせないといけない。だとすると、「音楽」自体の価値を上げていかないといけない。そう考えると、「音楽」自体の価値を上げていくのは、アーティスト以外にはあり得ないわけですね。だからアーティストを優先していく発想を忘れないようにしないと、音楽はどんどん地位が下がると思います。

——音楽の価値を高めるためにも、アーティストを大事にする。

手島:別に甘やかすという意味ではなく、良い関係性を作るということだと思うんです。でも、前もってそういう傾向の人だと分かっているだけで、意外に円滑にコミュニケートできるものだったりする。具体的にどうしたら良いかは個別で違うと思いますが、違うということが分かっているだけでも、対処方法が変わる。無駄な軋轢もなくなる。そういうことなんだと思います。

——自分が分からない理屈があるということを、意識するだけでも大きな違いですよね。彼らは「わがまま」でもないし、「だらけている」わけでもない。もし「やりたくないことをやると、命が削られる感覚がある」ということだとしたら……。

手島:「わ、そんなに大変なんだ。じゃあ、ちょっとやり方を考えるか」という話になりますよね。目指しているのは、そういう本当に普通のことなんだと思います。

手島将彦氏
撮影:高見知香

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