途切れた音楽の、大事なノウハウを伝えなければいけない 〜「音学校」校長/音楽プロデューサー 牧村憲一氏 × ミューズ音楽院 手島将彦氏 対談インタビュー

インタビュー スペシャルインタビュー

  1. 少しずつ音楽が変わるように、教えることも変わっていかないといけない
  2. 音楽の話をしてきた部屋には目に見えない音楽が張り付いてる
  3. 知った上でやらない。それがいちばんいい

音楽の話をしてきた部屋には目に見えない音楽が張り付いてる

——実際に音学校設立に向けて動き出したのはいつぐらいだったんですか?

牧村:「やらなきゃならない」と僕が思うことと「やってほしい」と言ってくれる人たちの声が合致したのは今年の春ぐらいですかね。SNSで「こういうことを考えてる」と発信したら、いろんな人から「手伝いますよ!」っていう連絡がきて。正直に言ってね、無反応であってもしようがないことを言ったのに。ただ、いちばんの悩みが「学校の場所」だったんです。

——定期的に使用できて、ある程度の広さも必要でしょうし、通うことを考えたら交通の便も大事ですからね。

牧村:実際、お金さえ出せば借りられるんですよ。でも、構想段階だし、受講生はゼロですから(笑)。そうしたら、結果的には間に昔からの仲間が入ってくださって、「ミューズ音楽院の手島さんにお会いしたらどうか?」と。ただ、正直に言いますと、最初は無色透明でやりたかったんです。どうしても、音楽専門学校の教室をお借りすると、その学校の中だけの科目みたく見えちゃうんじゃないですか。ただね、実際に手島さんとお会いして、学校の教室を見てみたら5分もしないうちに「うん、ここでやろう」と思ったんですよ(笑)。

——その決め手はどういうことだったんでしょうか?

牧村:やっぱり、ずっと音楽を学ぼうとして、音楽の話をしてきた部屋には目に見えない音楽が張り付いてるんです。それは凄く重要なことです。教室から見えるの風景、教室の外から入って来る街の匂い、音楽を作る人たちが使ってきた机の在り様、教える側も教えられる側もこの学校の環境の中にいることが楽しくなれる。加えて、来る人も暇なわけじゃないから、代々木という、新宿・原宿・渋谷の近くの便利な駅から徒歩数分にミューズ音楽院があって、仮に雨が降っててもほとんど濡れないぐらい(笑)。それも重要でしたね。

——手島さんは牧村さんのこういった動きに関して、どういった印象を持たれましたか?

牧村憲一

手島:思い返せば、2000年になったぐらいのころって、メジャーはともかく、Hi-STANDARDをはじめとしたインディーズが盛り上がって。それが、今になって上手くいってた連中もみんな困ってますよね。考えてみれば、インディーズという立場でメジャーとほぼ同じことをやってたんですよ。だから、バブルが弾けたとき、方法論がわからない。メジャーの手法をアマチュアライクにやってた部分があるというか。しかも、上手くいってた当時は何かを教わることもなかっただろうし、そこには育成のノウハウも途切れちゃってる。これは自分に対しての反省でもあるんですけど。

——やはり、情報や知識の系譜が繋がってないという実感があるんですね。

手島:そのノウハウがまともに伝わってないから、知らないままにやってきた人は10年後とかに何をやっていいかもわからなくなる。そこは非常に問題であって。僕は今年で43歳なんですけど、そこを聞かねばならないし、単純に僕が教わりたい。そんなことを最初にお会いしたときに思いましたね。

——今回の音学校は既存の学校に対するアンチテーゼみたいな部分もあるんじゃないかと感じていたので、こうやって音楽専門学校と関わるのは意外でした。

牧村:現在の音楽業界の在り方へのアンチテーゼがないと言ったらウソになるけど、アンチテーゼを作り出すことが「音学校」じゃないんですよ。いちばん大事なのは、かつての音楽業界の良さは育成をいうことをしっかりやっていた。売れなかったらすぐ止めるみたいな刹那な方法じゃなくて、きっちりと時間をかけてたんです。それが、手島さんのお話にもあったように、2000年になったあたりから様相が一変しちゃって。時間をかけて音楽づくりをやってる人は業界を去らないといけない状況があって、1年や2年という短い期間で「無能」というレッテルを貼られてしまう。ミュージシャンもすぐに結果を要求されるから、よっぽど肝が座ってない限り、「短期決戦派」の言うことを聞いちゃう。いつしか自分の音楽を聴いてくれるリスナーが想像できなくなる。で、そういう場合、ほとんどがこれまでの成功例の模倣になるんです。

——ある種、オートマチックな流れが蔓延してますよね。

手島:僕がミュージシャンからプロダクション勤めになり、15年前に音楽専門学校というフィールドに入った理由もそういう部分があって。その当時、音楽業界全般に育成をしなくなってきた空気を感じたんです。だから、ちゃんと育成と向き合える場所に行きたかった。音楽専門学校というのは、ひとまずは音楽の売上と関係がないところで、そのミュージシャンを育てることができるんですよね。場合によっては、卒業して5年ぐらい後まで考えてやることもできるし。

牧村:実際にちゃんと伝わり易い言葉で教えるには、受講生の100倍以上の知恵が必要なわけです。それは音楽だけじゃなく、日本の教育のあり方にも繋がってるんです。だから、この音学校をやるのは、半分は「現在の教育の在り方への怒りのモード」なんです。「教育の場」って個人が歯を食いしばってやる話じゃないでしょ。本来は、こういうことにこそ、公的なお金が投入されるべきだろうし。ただ、そうは言っても、まずは始めなくちゃいけない。私的に立ち上げるのは本当にたいへんですけど。

手島:みんな、今の教育のあり方のままでいいと思ってる人はいないと思うんです。であれば、毎年バージョンアップしていかないといけない。それには、ある種の実験をしていかない限りは更新されないですよね。

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