ライブ・エンタテイメント業界の働き方改革 — 課題と現状【前編】

2019年8月21日 18:00

「働き方改革」諸法が2019年4月より施行となった。

この「働き方改革」は、多様な働き方を選択できる社会を実現し、労働者一人ひとりがより良い将来の展望を持てるようにすることを目指しており、大企業のみならず、ライブ・エンタテインメント業界の大多数を占める中小企業でも対応が必要となる。また、「働き方改革」は若手の人材育成にも繋がり、業界全体の体質改善を進めるものとして前向きな取り組みが求められる。

今回、コンサートプロモーターズ協会が発行した「労務管理ハンドブック」を企画した、ユリコンサルティング(同) 代表 石井由里氏をインタビューアーに迎え、執筆者である(株)ジャパンリスクソリューション 代表取締役社長 井上 泉氏に課題点や注意点を伺った。
 

ライブ・エンタテイメント業界の働き方改革 — 課題と現状
左:ユリコンサルティング(同) 代表 石井由里氏 右:(株)ジャパンリスクソリューション 代表取締役社長 井上 泉氏


 

長時間労働の是正


石井 : 2019年4月1日より施行された「働き方改革」諸法ですが、大きく分けて「長時間労働の是正」「柔軟な働き方」「非正規の処遇改善」の3本柱で構成されています。その中でも「長時間労働の是正」が最もインパクトが大きいと思います。“残業が1時間も許されなくなるのではないか”、“深夜10時以降働いてはいけないのでは”といった誤解もまだあるようです。押さえるべきポイントを教えてください。

井上 : 「長時間労働の是正」つまり時間外労働の上限規制の施行は、今年4月1日からで、中小企業に対しては1年間猶予され2020年4月1日からとなります。

労働時間に関しては、日本の法定労働時間は1日8時間・週40時間ですが、これまでは労使で締結した「36協定」あるいは「特別条項付36協定」を労働基準監督署に届け出れば、事実上無制限で残業をさせることができました。実際には届け出時間数以上に働いている例が多くありました。これまで協定で定めた労働時間を超過して働かせても罰則がなく、先進国の中では珍しい規定のあり方でした。

しかし、今回の法改正により、罰則付きで上限規制が設けられました。その内容は、36協定を結ぶことが大前提ですが、残業上限は月45時間、年間360時間が原則となり、通常予測することが出来ない業務の増加に対しては、特例として臨時的にこの原則を超えて残業させることができるというものです。この特例のルールは、俗に「4ハン縛り」と呼ばれますが、この4項目のしばり(下記参照)をすべて守っていくには、会社が社員の労働時間管理を従来以上にしっかり行うことが必要です。

<4ハン縛り>
① 年間720時間以内
② 単月で休日労働も含めて100時間未満
③ 複数月平均80時間以内
④ 月45時間超は年間6ヶ月まで

 


有給休暇5日を取得させるのは会社の義務


石井 : なるほど、この4ハン縛りですね。経営者、労務管理担当者は勿論ですが、今どきの管理職は押さえておくべきということですね。それから、労働時間に加えて、有給休暇の取得についても義務化されました。

井上 : 全企業対象で2019年4月施行では「年5日の有給休暇を取得させる」ことも会社の義務となりました。今まで有給休暇は「労働者が申し出て年休を取得」するもので(権利)、取得するしないは自由でした。改正後は、会社が労働者の希望を聞き、それを踏まえて年5日の年休を時季を指定して取得させなければなりません(義務)。

これには罰則があり、違反した場合は1人あたり30万円の罰金となります。この罰則は1事例あたりではなく、“1人1罰”なので、100人該当する(有給休暇を5日以上取得しない)と3,000万円の罰金が発生してしまう計算になります。

石井 : かなり厳しい罰則ですね。そういえば、5日の有給休暇取得者にボーナス5万円支給することにしたメディア系の会社もありました。

井上 : あと、2020年4月1日からは管理職も含めた「労働時間の把握」も義務化されました。

ここで特に注意いただきたいのが、今回の「働き方改革」諸法の施行において大企業か中小企業かによって施行時期が異なるものがありますが、その区分は、業種が「小売業・サービス業」であれば、資本金が「5000万円以下」、従業員数が「50人以下」のいずれかに該当すれば中小企業になります。

エンタテインメント業界では資本金「5000万円以上」かつ従業員数が「50人以上」という企業も意外と多いのではないでしょうか。この定義に気が付かず、自分の会社は中小企業と思って対応が遅れてしまうと、罰則対象となってしまいますので注意が必要です。

石井 : 自社の区分も再度チェックする必要があるんですね。


 

「好きで長時間働く」をどう考えるか


石井:エンタテインメント業界では、通常の9時5時勤務の範囲を出たところからクリエイティブなものが生まれるという文化があります。この1年でだいぶ変わってきましたが、当初は「働き方改革」という言葉へのアレルギー反応が大変強かったように感じます。

井上:今おっしゃった“エンタテインメント業界の文化”は実際にあろうかと思います。しかし、労働時間の制限と管理が会社の義務となった大きな要因は、働く人の「健康管理」の観点からです。人間の生物的機能から導かれる生存保障の考え方からして、1日24時間中、睡眠・休息、再生産のためには一定の時間が必要という大原則のもと、時間で労働時間を規制することはやむを得ないでしょう。過重労働で肉体的、精神的に病んだり、死亡するような事態はあってはならないことです。

石井:音楽・エンタテインメント業界1つとってみても、それぞれの仕事が違っていて、例えばレコード会社とライブ・エンタテインメント系の会社でも違うし、プロダクション、マネジメント、出版社やテレビ局でも違うんですね。ひとくくりにもできないし、クリエイティブな仕事にはある一つの時間概念がベストですというのがなかなか示せないのが現実です。

井上:クリエイティブな仕事をしている場合、「自分達は好きで長時間働いている」とおっしゃる方が多いのでしょうね。

石井:今、経営者層となっている方々は、その働き方で成功体験を持っていらっしゃって、とてもご優秀ですし、血と汗と涙を流して働いてきたという自負心をお持ちの方が多いように思います。

私が新卒でレコード会社で働き始めた80年代後半は、日本中がバブル経済に沸いていて、音楽業界も90年代のピークへ向かっているイケイケな時代でした。やればやるだけ成果も出て、24時間働きたいと本気で思っていました。私だけではなく業界全体がそう感じていたと思います。なので私はそんな経営者の方がたのお気持ちはよくわかるのですが、恐らく今の20代30代の皆さんには理解し難い感覚のようです。

井上:今の経営者層の新卒時と、今の新卒世代とは全然経済環境が違います。いま石井さんがおっしゃったような毎年給料が上がって、働けば働くほど数字も伸びる状態の時はもっと頑張ろうと思えたでしょうし、長時間労働も苦にならなかったと思います。

しかし、その価値観をいまの社員に求めることはできません。将来とも絶対に経営が安心という会社はないですから、会社が最後まで社員の面倒を見るということもできない、また社員もライフワークバランスを考えて生活を送りたいと思うわけです。

そうした時代環境や労働に対する価値観が180度変わっているということを経営者が理解することが大切です。自分の成功パターンで、好きな仕事だから残業が楽しいはずだという考えを押しつけてはいけないということです。

しかし、ただ待っていても経営者の意識は変わらないので、国の取り組みとして、労働時間の制限と管理を会社の義務としたことが「働き方改革」の意味合いとなります。今まで労働時間の管理は強制力のないガイドラインの範囲でしたが、今回の法改正により法の裏付けをもった“義務”となりました。会社が健康管理の面から、全社員の労働時間の客観的なデータを集めて把握しなさいということになりました。

石井:まさに多様性の時代、価値観も多様、ということですね。まずはそれを理解して、どうしたら人材の集まる魅力的な業界になれるかを、業界全体で考えるべき時なのかもしれませんね。


 

仕事の中身を見直す


石井 : 働く対価として賃金がありますが、何を働きがいにするかという問題も重要で、ここをはっきりさせないと、“エンタテインメント業界はきつい業界”というレッテルがなくならないと個人的には感じています。まずはそこからスタートして業界の良さを殺さずに管理できる方法を探していくということが大切だと思うのですが、どこから取り組めば良いかわからないという声もよく聞かれます。

井上 : 残業時間の新たな規制のもと、「月45時間は残業ができる」と考えるとすれば、問題が解決しません。実態として45時間超の残業が多い中、なぜ45時間を越えてしまうのかを徹底して考えなければいけません。

石井 : ある会社で実際にあったケースですが、人事から部下の労働時間を管理しなさいと丸投げされて、規定の労働時間を超える月ばかりでその都度始末書を書いていたそうです。でもどれだけ始末書を書いたところで部下の残業時間は減らない。エンタテインメント業界のビジネスモデルの変化に伴い業務内容も変化し、増えるばかり。売上も保てない中でなかなか残業時間の削減ができず困り果て、人事に相談したところ「そちらで考えるように」と返されてしまい結局何ら有効な解決策を見出せない。そのような中で板挟みになった管理職が疲弊していくという現象が起きています。自分自身を振り返ってみても、このような悩みを持つ管理職は少なくないのではと感じます。

井上 : やはり、業務の作業効率と内容をもう一度見直すことが必要です。業務を見える形で数量化し、どこに問題があるのかをチェックしていきます。更に仕事を進める中で、取引先や発注元など外部に対してどれだけ協力してもらえるかという問題もありますね。相手方の要望を言われるまま全て聞かないと仕事がなくなるという懸念もあるとは思いますが、「ここを改善したいのでご理解ください」と先方に働き方改革への協力依頼をすることは本当にできないのか、見直す必要もあるかと思います。

石井 : 数値化された目標を現場だけでどうにかしようというのは難しいですよね。自社の労務管理部門のサポートは勿論、今回の法令遵守は全社同じ条件なので、双方の理解と協力が必要ですね。

井上 : 政府としては、発注会社の「働き方改革」が、下請け企業へのしわ寄せとならないよう警告を発しています。社会全体で良くなるために協力し合おうということです。

石井 : 先生のおっしゃる通り、一度今までの業務を見直すきっかけになるのではと思います。

井上 : “変わっていこう”というのは、やはり経営者自ら組織に向かって言わないといけないと思います。今回の法改正で要求されるものの中には、現実に守れるのかと思うような厳しい部分もありますが、なんとかそれに近づけるためには経営者・管理職がその気にならないと難しいでしょう。経営者層に頑張っていただきたいですね。

▼後半は 8月22日公開


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