新日本フィルハーモニー交響楽団公演での髙木竜馬の演奏、髙木竜馬の魅力

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(C)K.Miura

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 ピアノ界に「髙木竜馬」という逸材あり、という風聞を最初に耳にしたのはいつ頃だったろうか。髙木さんがまだ、中学生くらいの時期だったと思う。その頃に拝見したプロフィール写真は少年そのもので、あどけない印象だった。一度聴きたいものと思っていたが、おそらく、その後彼がウィーン国立音楽大学に留学してしまって日本でのコンサート出演が減ったのか、なかなか聴く機会がなかった。すると、2018年9月、ノルウェー南西部の海岸都市ベルゲンで開催された第16回エドヴァルド・グリーグ国際ピアノコンクールに彼が優勝し、併せて聴衆賞も獲得したというニュースに接した。なんでもたいへんな強豪ぞろいのコンクールで、最終選考ではチェコのマティアーシュ・ノヴァーク、ロシアのアレクセイ・トルシェクキン、そして髙木さんという男性3名がしのぎを削った結果、彼が両名を押さえて栄冠を頭上に輝かせたのだという。

 このことは、日本のピアノ・ファンにとって大きな朗報だった。というのも、彼は優勝後間もなく、横浜赤レンガ倉庫で開催されるクラシック音楽の野外フェスティバル「STAND UP! CLASSIC FESTIVAL 2018」の「クラシックin アニメ」ピアノの森コーナーと、奈良の春日大社 飛火野 特設ステージを会場とする「TVアニメ『ピアノの森』ピアノコンサート」に出演して、アニメ・ドラマ「ピアノの森」の主人公の一人、雨宮修平のピアノを担当することになっていたからだ。

 このアニメは、プロのピアニストをめざす若者たちの熱い青春を描いた音楽ドラマだが、主役陣の一人、雨宮修平のピアノの力量がどれほど優れたものであるかが、担当ピアニストの国際コンクール優勝によって図らずも実証された形となったのである。もちろん、横浜と奈良のコンサートは大成功だったと聞く。

 おめでとう、髙木さん!これはいよいよ聴かせていただかねば……。

 そう思っていたところ、2019年6月20日、実際に彼の演奏を聴く機会に恵まれた。東京フィルハーモニー交響楽団の第126回東京オペラシティ定期シリーズ公演に彼が出演し、東京フィルの名誉音楽監督チョン・ミュンフンのご子息、チョン・ミンとの若手コンビで、ラフマニノフのピアノ協奏曲第2番を演奏したのである。

 ステージに現れた髙木さんをみて驚いた。かつての初々しい少年の面差しはほとんど消えて、凛々しい青年の風貌に成長されていたからである。ラフマニノフの第2番といえば、髙木さんがグリーグ国際コンクールの本選で、エドワード・ガードナー指揮ベルゲン・フィルハーモニー管弦楽団と協演した思い出の曲。この曲によって見事優勝を勝ち得ただけあって、自信に満ちた演奏ぶりはさすが優勝者の貫禄であった。オーケストラとの合わせにも齟齬がなく、協奏曲ソリストとしての経験をしっかり積まれてきたことがうかがえた。

 このときのラフマニノフが好評だったからか、翌2020年7月2日にも再び東京フィルとの協演が実現した。「渋谷の午後のコンサート」というシリーズに登場した髙木さんはベテラン指揮者、尾高忠明マエストロと協演して、再びラフマニノフの第2番を聴かせてくれた。このときは、尾高マエストロと髙木さんとのトークがあったので、髙木さんの人となりも知ることができたが、たいへん落ち着いた話しぶりで、ピアノ歴やご両親のこと、どのような思いでピアノに取り組んでいるのかなどを礼儀正しく語られた。

 そしてつい先日、2021年6月25日、新日本フィルハーモニー交響楽団トパーズ・シリーズ、第634回定期演奏会でも彼の協奏曲を聴くことができた。今度は、彼にゆかりの深いグリーグの協奏曲イ短調である。指揮は、昨年にも協演して気心の知れあっている尾高忠明マエストロ。髙木さんも大船に乗った気持ちでコンサートに臨んだことだろう。

 ノルウェーが生んだ初の国際的作曲家、エドゥアルド・グリーグが25歳のときに書き上げたこの協奏曲は、わずか1小節のティンパニ連打が次第に強まると、その頂点でオーケストラとピアノが劇的なイ短調和音を鳴らし、ピアノがそのまま雪崩落ちるような和音句から即興的独奏を繰り広げる。曲の性格を決定づけ、聴衆をグリーグの世界にぐっと引き込む、非常に重要な開始部だ。この大切な箇所を、髙木さんは強いインパクトをもって鮮やかに刻印した。北欧的な第1主題は抒情性に満ちてたっぷりと歌われ、グリーグ自身が作り付けた長大なカデンツァ(即興的独奏部)はこれ以上望めないほど技術的も申し分なく、充分な音楽性をもって魅力的に奏でられた。第2楽章では弱音器をつけた弦楽器の温和な楽想を経て、いよいよピアノの連綿とした歌の部分に入るが、次第に華やかに盛り上がり、やがてひっそりと鎮まる起伏の付け方も、実に自然体であった。民族舞曲風の主題による躍動的なフィナーレはこれまたピアノの活躍が目覚ましい。この楽章でも、中間部の抒情的な歌や目も眩むようなカデンツァに、彼の本領が発揮されていた。

 この夏にも、髙木さんの参加する「ピアノの森」コンサート・ツアーが予定されている。全国各地で、髙木竜馬奏でる、雨宮修平の演奏を耳にできる日も近い。

取材・文=音楽評論家 萩谷由喜子

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